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冒頭の推敲にこだわらず、まずは最後まで書ききる|「ナツイチ小説大賞」海藏寺美香&信田奈津

 書店の店頭が華やかになる季節がやってきた。「発見!角川文庫 カドフェス」、「新潮文庫の100冊」そして「集英社文庫 ナツイチ」。限定描き下ろしカバー、人気映画とのタイアップ、オリジナルグッズのプレゼントなどを通して、各社が夏休みの読書にぴったりなタイトルを推薦するフェアコーナーは、見ているだけでも楽しくなる。

 その中に、あなたのデビュー作も並ぶとしたらどうだろう?
 池井戸潤さんや東野圭吾さんと、太宰治さんやさくらももこさんと、『星の王子さま』のサン=テクジュペリと一緒に、横に、並ぶとしたら?

 この夏、「ナツイチ」がエブリスタと組んで初めての新人賞「ナツイチ小説大賞2019」を開催する。大賞受賞者には必ず担当編集者がつき、集英社文庫での書籍化、および来年2020年の「ナツイチ」ラインナップ入りが検討される。募集ジャンルはミステリと青春小説。この夢のような企画で、求める作品像を聞いた。

読者が入りこみやすい青春小説を

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――「ナツイチ小説大賞」を立ち上げたきっかけを教えてください

海藏寺:「ナツイチ」は、若い人たちが読書に親しみを持ってもらうきっかけとして長年やっているキャンペーンです。
より読者に近い位置にいる作家を発掘したくて、賞の開催に至りました。エブリスタさんは「氷室冴子青春文学賞」や「全国中高生小説コンテスト」など若い読者向けの各種小説大賞をされていて、応募数も多いということで、お声がけさせてもらいました。

――募集ジャンルを「青春」「ミステリー」にされた理由は

海藏寺:読者にとって一番とっつきやすいジャンルは、やっぱり青春小説やミステリーだと思うんです。読者自身と世界観が大きく離れていないものを、日常と地続きのところで書いてくれたらいいなと思います。

信田:読んで「あぁ、わかる」「おもしろい」と素直に共感できる作品のほうがいいかなと。せっかく書籍化を見据えた賞なので、売れる作品を募集したいです。

――特に求める作品像や、出会いたい作家像はありますか

海藏寺:書名を出しちゃってもいいかな、宇山佳佑さんの『桜のような僕の恋人』のような作品ですかね。この作品は主人公は20代ですが、若い読者を意識したものなら、登場人物は大人でもいいし、全員が若くなくてもいい

信田:書き手が「青春」と定義するもの、「自分にとっての青春はここなんだ!」というものであれば、ネットで流行っているジャンルでなくてもいいです。Web小説だと、ジャンルによってなかなか読んでもらえないとかもあると思うんですが、そこには囚われずに応募してください

海藏寺:「小説すばる新人賞」からデビューした朝井リョウさんとか青羽悠さん、渡辺優さんの小説を読んだら、「こういうのが青春小説か」と感触が掴めると思います。


今から遡って過去に向かうのはやめてほしい

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――新人賞の応募作を読むときは、まずどこに注目しますか?

海藏寺:物語をちゃんと終わらせているかどうかは見ますね。一冊の中におしまいをちゃんと作って、まとめてもらいたいです。

信田:「これは二巻への伏線です」みたいな、思わせぶりな伏線が残るのはやめてほしい。新人賞では多いんです、「俺たちの冒険はこれから始まるんだ」的な終わり方をするもの。「あぁ、始まってなかったんだ……」と(笑)。
逆に、最後のほうで疲れてきちゃって「もういいや!ここで終わらせちゃおう!」と投げたように感じられる作品もありますね。本当はここで終わりじゃなかったよね? って。

――原稿から、「疲れちゃったんだな」とバレるものなんですね……

海藏寺:「あっ、力尽きた」って思うよね。書ききった後で、最初から最後まで同じトーン・同じ厚みにするのを目標に、全体を読み直してみるのがいいと思います。プロではないから、最初から全編を同じトーンで書ききるのは大変ですけど。

信田:冒頭は何度も、ああでもないこうでもないと直したくなると思うんですけど、それだと頭だけ重くなっていって、なかなか最後まで書けないんですよ。

海藏寺:ガチっとではなくても、「この辺で主人公はこうなる」と、ゴール場面展開を想像して書き出すのがいいかな。書きながら変わっていってもいいので。

信田:前から順番に書かなくてもいいですしね。最後のシーンや、一番書きたいシーンを最初に書いちゃう方法もあります。「ここ絶対にカッコいい!」という一押しシーンをまず書いて、どうやったらそこにたどり着けるか考える。「今」から過去に向かうのではなくて、「未来」に行ってほしい。過去のことってどうしても「説明」になるので。

海藏寺:「あのとき実は……」と過去の真相ばかりが明かされて、どんどん戻っていっちゃう作品ってあるんですよ。

信田:「実はこれこれはこうで、その裏に悲しい物語があって……」と遡られると、さっき言った「冒険はこれから」で終わっちゃうんですよ。「じゃあその一番最初から書こうか!」と思います。


「独りよがりじゃない小説」とは?

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――青春小説ということは、やはり主人公の成長が必要でしょうか?

信田:物語の最初と最後で、何かしらの変化はほしいですね。「目標は果たせなかったけれど、これを得た。次はもっとがんばろう」ならいいけど、「スタート地点から1ミリも動いてなかったね」となるとちょっと。

海藏寺:登場人物の頭の中にあることばっかり書いて、本人が動いてないとそうなりがちですよね。何も起こってないのに、すごくダメなやつが突然良くなることはないので、そこにはちゃんと良くなっていくだけのエピソードを挟まないといけない

信田:突然、天啓を受けたみたいに成長する話は多いですね。200枚ぐらい書いてきたのに、最後に誰かに言われた一言でパンっと「そうだったのか!」となって終わると、「5行でまとまったじゃん!」と……。それだと、読者は置いてけぼり感が出てしまう。

海藏寺:注文が多くなってしまうんだけど、独りよがりはダメだよね。

――どういう作品を「独りよがり」と感じますか? セルフチェックの方法があれば教えてください

信田:なるべく簡潔に書くことですね。見た目の描写一つとっても、書き手が思っているほど読者には伝わっていないです。心情描写に言葉が尽くされているのに、結局悲しかったのか嬉しかったのかが曖昧だったり。

海藏寺:すごく凝っていて、キラキラとした言葉を使っているんだけど、わからないなって。

信田:赤川次郎さんの文章を読むと、驚愕するぐらいに簡潔なんです。「●●は走った」「言った」「笑った」という文章が多くて、台詞も短い。でも、状況が全部わかるようになっている。「こんなに簡潔でいいんだ」と感動しますよ。

海藏寺:書店で売っている本は作家自身も推敲していて、校正も経ているので、小説を書く技術がいっぱい詰まっています。本はたくさん読んだ方がいいですね。

信田:あとは、展開に詰まったら「こういう状況だったらどうする?」と友達に聞く。頭の中で考えていると、自分が思っていることしか出てこないから。自分が絶対に言わないこと、言われたくないことを言うキャラをひとり作ってみるといいです。調和がなくなるほうが、物語は動く。全部自分だと、居心地がいいんだけど閉じてしまう。

海藏寺:嫌な人がいた方が、その人がガス抜きをしてくれて物語の風通しがよくなる。プロの作家さんは、自分の中の黒い部分を出すのがとても上手ですよね。


取材や調べ物の大切さ

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――長編を書きあぐねている人へのアドバイスもあればお願いしたいです

信田:上手く書けないときは、自分で思っているより大それたことをしようとしているのかも。テーマが大きすぎて、15冊ぐらい必要な内容になっているとか。
あと、本当は資料が必要なのに、想像だけで書き始めて行き詰まってる場合もありますね。意外と基本的なことでも調べないとわからないので、調べ物は必要だと思います。

――プロの方はよく調べてらっしゃいますもんね

海藏寺:たとえば舞台が新宿だったら、「新宿駅を出た」と書いたときに、いっぱいある中の、どの出口を出たのか。そういうのは現地に行ってみた方がいい。距離感がわからないと嘘っぽくなってしまうので。作家でも実際にフィールドワークされてる方多いですよ。

信田:ファンタジーを書く人は皆さん、地図や年表を作ると仰いますよね。最初は取材に行ける範囲でお話を作る方がやりやすいと思います。地名は出さなくてもいいので、自分の身近な場所を想定して書く。

海藏寺:家の中でも、「階段を上って二階に行った」「窓側に本棚があって」と書いていくうちに階段の位置がなくなったりするので、最初に間取りを考えた方がいい。

信田:ふわっと考えているとわからなくなってくるし、自分はわかってても他人に伝えるのは難しい。会話も同じですね。「この会話をここに着地させたい」と決めて書くと、他人が読んだときに相槌の打ち方が不自然になってしまったりする。

――会話は難しいですよね。つい同じ人が2人喋っているようになってしまったり

信田:本当にそれ口で言いますか? って。新井素子先生は、全部口に出して音読すると仰ってました。台詞を全部口に出して言うのは大事ではないでしょうか。三浦しをんさんも、全部ではないですが音読すると言われていましたね。

海藏寺:自分で読んでみて、実際に息を吸ったところで句読点を入れるのも大事だよね。読者も息継ぎしながら読んでるから。
あと、作品を一度縦書きにして読んでみてください。縦書きと横書きだと全然違った印象になりますし、最後は縦書きの状態で選考しますので。

信田:ネットで読むときは改行が多い方が読みやすいですが、縦書きだとそうでもなくて、逆にスカスカして読みづらくなってしまうので、そこは意識してもらいたいです。


同じテーマを何回書いてもいい

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――「ナツイチ小説賞」に応募する人はこれから忙しくなりますね。まず取材に行き、最後まで書いてから推敲して、長い説明っぽい所を簡潔に切って、音読してから、文庫サイズの縦書きで印刷して読み返して、出してもらう

信田:出し惜しみをせずに、全力を突っ込んでもらいたいです。

海藏寺:せっかく「ナツイチ」にデビューするチャンスのある賞なので、いいとこどりをしてほしい。
誰しも「もっと実力がついたら書こう」というテーマがあると思うんですが、筆力がつく前から何回も書いていたら、筆力がついたときにもっと上手に書けるようになります。「このテーマは今じゃない」と出し惜しんじゃう投稿者の気持ちもわかるんですが、最初から好きなことを書いた方がどんどん上手くなると思う。同じことを何回も書いても、技術がどんどん上がっているから、全然違うように見えてくる。だから大丈夫ですよ。

――「まだその時じゃないな……」と寝かせたくなるけど、アイディアが熟成されて良くなることってあんまりないですよね

信田:取材や調べ物をした結果、しっくりこないのはいいと思うんですよ。それはいつか別のときに使えるかもしれないから。でも、書きたいシーンとか書きたい設定は、自分が書かなくても誰かが絶対に書きます。「あぁ、私もそれ考えてたのに!」ということはよくある。近い時期に同じような設定が出て、「パクリだ!」と思ったり言われたりするけど、パクリじゃないんですよね。

海藏寺:時代の気分みたいなものがありますからね。人と被るとかは気にしないで書いちゃえばいいのにね。

信田:同じあらすじでも、2人の人が書いたら全然違うものになる。「シンデレラストーリー」って、『シンデレラ』みたいな話だから「シンデレラストーリー」なわけじゃないですか。それでも皆好きだからシンデレラストーリーは書かれ続けるし、共感される。王道を恐れないで、変にひねらない方が、共感を呼べる作品になると思います。


自分の身の周りの流行やリアルを膨らませる

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――ほかに、共感を呼ぶ作品を書くコツはありますか?

信田:皆が「いい」と思うのものがなぜ流行っているのか考えることでしょうか。考えなくても流行っているものが好きな人ならいいんですが、そうではない人は一旦自分の好き嫌いは置いておいて、「皆はなぜこれが好きか」考えてみる。自分の周りだけで流行っていることでもいいんですよ。逆に「自分の周り」以外で何が流行ってるかって、意外にわかんないので。

――「いま何がきてるか」って、年代やコミュニティによって全然違いますもんね

信田:自分の周りにいる人は自分に似た人だし、知ってることも近かったりするけど、遠くに住んでいる人の考えていることは違う。たとえば帯広の農家の奥さんが何を考えているかって、私たちにはわからないじゃないですか。

海臧寺:桜木柴乃さんはそういうのが書くのがすごく上手ですよね。小説に書かれなかったら帯広の農家の生活やそこに住んでいる人の気持ちに興味を持たなかったかもしれないけど、書かれると「あっそうなんだ」ってなる。

信田:日々の実感とか、こういう人生があるんだなって。私たちはだいぶ離れてしまいましたが、高校生にとっては中間試験や期末試験があって、夏休みの前に先生との面談があって……とかがリアルじゃないですか。

海藏寺:私たちが知っている学生生活とは違っている部分もあるかもしれないけど、クラス替えがある。体育祭がある。部活があるとかは同じだから共感しやすいし、世代が違う人ともわかりあえる。多くの人の共感を呼ぶには、興味を持ったものを膨らませたり、日々の妄想が大事ですね。

――最後に、応募される方へのメッセージがあればお願いします

信田:新人賞なので、「この賞を受賞して作家になるぞ!」と思っていただけるといいですね。

海藏寺:「ナツイチ小説大賞」大賞作品には、必ず担当編集者が付きます。受賞作は2020年の「ナツイチ」キャンペーンの一冊に入れられればいいなと思っています。小説を最後まで書ききるというのはとっても大変なことで、作家というのはその大変な作業を続けていく仕事です。書き続けられる意欲のある方の作品をお待ちしています。

(インタビュー・構成:monokaki編集部、写真:鈴木智哉)


ナツイチ小説大賞2019
募集要項:10~20代が主人公の、現代日本を舞台にした青春小説、もしくはミステリー
募集枚数:10万~15万字
締切:2019年11月30日(土)
最終結果発表:2020年2月予定
賞典:集英社文庫での書籍化検討、受賞1作品につき10万円(最大50万円)
詳細:https://estar.jp/official_contests/159383


*本記事は、2019年08月02日に「monokaki」に掲載された記事の再録です。

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