「今度はあなたが、」
めちゃくちゃ遅くに始めた就活で、内定欲しさに口にした志望動機が、「化粧品販売をしたい」だった。
面倒だからという理由で流水洗顔しかしていなかった私が。日焼け止めも塗らずにすっぴんで自転車を乗り回していた私が。ファンデーションの色の選び方がわからなくてとりあえず一番暗い色を使っていた私が。
4月、化粧品専門店に配属されたとき、とりあえず波風立てないように「化粧品好きです」とのたまう新入社員が、別に化粧品を好きなわけでも何でもなく、化粧品についての知識もないことには、先輩たちは気づいていただろうと思う。
平日の日中は暇な時間も多かったから、仕事中に先輩の一人が、研修と称して私に化粧を施してくれた。
ばっちりメイクをされて、まるで人の違う自分が鏡に映っていることに感動していたら、先輩が言った。
「今度は、あなたがこれを、お客様にして差し上げるんだよ」
接客をしていくうちにわかったのは、「新しい価値」を提案することの難しさだった。
お悩みを解決したり、ご要望を叶えることはできるようになったけど、なかなかお客様の「想像もしなかった新しいキレイ」を提案するのは難しい。
どうすればいいのかわかっていても、私のメイク技術が伴わなくて、悔しい思いをすることもあった。
何年か経って、「化粧品担当」として売場を任されるようになったことは嬉しかったし、他のスタッフに助力を請われたり、お得意様が名指しで指名してくれるようになったときは、ようやくここまで……、と思ったりした。
それでもなかなか、あの日鏡をのぞきこんだ私が得た、「今まで知らなかった自分に出会えた感動」をお客様に差し上げるのは、難しい。上手くいくときと、いかないときがある。
数年後、初めての後輩ができた。
部下を持つことはあっても、後輩を指導する係になることは初めてだったので、それはもうめちゃくちゃ舞い上がった。私は誰かのお世話をしたり、お節介を焼いたり、あれこれと教えてあげるのが大好きな人間なので、同じ社員の立場で、自分が仕事の仕方を教えてあげられる存在になるというのが、最高に嬉しかった。
一日の作業の流れとか、こまごましたものの場所とか、困ったときにはこういう風にしてほしいとか、社内のシステムの使い方とか。何から教えようか、何を最優先に伝えてあげれば気が楽になるだろうか、と色々と考えた。
考えた結果、私は上司にお願いをした。1時間ゆっくりできる時間をもらった。
1時間しかないから、私は超特急でスキンケア用品とメイク道具をそろえて、後輩を裏手に引っ張っていった。
後輩は、昔の私と同じく、大して化粧が好きではない子だった。私もそうだったんですよ、と笑いながら、彼女の顔に手早くメイクをしてあげた。
今の上司は優しいから、後日研修に行かせてもらえることになるとは思うけど、研修は自分や他人の技術の練習台になるだけだから、今日は私がお客様にするみたいにあなたにしてみますね。
これはこういう道具です、こうやって使うと効果的、こうするとやりやすいですよ、面倒かもしれないけど販売員になったからには頑張って毎日フルメイクしましょうね。
嬉しそうに鏡をのぞきこむ姿に、ああ私の仕事の原点はやっぱりここなんだなあと、泣きそうになった。
「今度は、あなたがこれを、お客様にして差し上げてくださいね」
照れくさそうに笑って、自信なさげに「がんばります」と返してくる後輩がいじらしかった。
いつか、私がしたことが、彼女のスタートラインになりますよう。
そして今日も、私や後輩の仕事が、誰かのスタートラインになりますよう。
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