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クリスマスとコスメと女の子

クリスマスの時期になると思い出すのは、小学校低学年くらいの女の子。

ドラッグストア店舗にいたときの話だ。

ある日彼女は、おずおずと化粧品コーナーにやってきた。

お母さんに結ってもらったのか、キレイなツインテールには可愛いピンクのシュシュがついていた。おしゃまな服を着ていて、最近の小学生はみんなオシャレだなあと思ったことを覚えている。

お母さんとはぐれて道を訊きたいのか、それともトイレでも探しているんだろうか、と思った記憶がある。

彼女は私の目を見て近づいてきて、声をかけてきた。

「お母さんにクリスマスプレゼントをあげたいんだけど、口紅の色を探してください」

すごい! 母親にコスメをプレゼントする子がいるのか! と驚いた。私自身は母親に化粧品をプレゼントしたこともなければ、こんな職業に就いてるくせにまともに母親に化粧を教えてあげたこともない。

勿論、二つ返事で請け負って、一緒に口紅を選ぶことになった。


さて、一緒に口紅を選ぶのはいいが、色々と問題はある。

試しに、「お母さんが普段使ってる口紅を借りてきたりした?」と訊いてみたが、案の定首を横に振られた。当たり前だが、お母さんの写真を持ってきたりもしていなかった。

お母さんのお顔も、普段のメイクもわからないまま口紅の色を選ぶのは、なかなかに困難を極める。

しかも、「これで足りますか?」と見せてくれたくしゃくしゃの2000円は、一年前にもらった大事なお年玉だそうだ。これは、下手なものは選べないぞ!

口紅を何色か手の甲に出してみたけど、どれも彼女にはピンとこなかったらしい。まだ自分ではお化粧をしたことはないと言っていたから、当たり前だろう。

荷物出しをしていた部下まで集まってきて、「お母さんはこっちのお姉さんに似てる?」「日焼けしてる方かな?」なんて、少しでもお顔立ちがわかるように質問してみたけど、上手く説明できない彼女は困り果てていた。

本人も、お母さんが喜ぶ色をプレゼントしたいという想いが強かったのか、「私は好きだけど、お母さんが好きな色かどうか、自信ない」と悲しそうに言ってくれたことを覚えている。


このままでは、小さい女の子にクリスマスの悲しい思い出を植え付けてしまう、と思った私は、思い切って提案した。

「一回おうちに帰って、お母さんを連れてくることはできる?」

「多分できる」

「そのときに、お姉さんが上手にお母さんの好きな色を聞いておくから、また明日か明後日にこっそり買いにおいで。できそう?」

「うん、できる」

駆け足で帰っていった女の子を見送ってから、私は急いで簡単なアンケートボードを作った。

百貨店なんかの化粧品カウンターでよくやる口紅の販促に、口紅の好きな色のアンケートを取るという手法がある。
来られたお客様に新発売の口紅を見せて、実際に塗ってみて、「どの色が好きかシールを貼ってください!」とシールを渡して、ボードに貼ってもらう。
お客様は「このアンケートも兼ねて、私に塗ってくれたのか」と化粧品の押し売りへの緊張感が減る。ついでに、実際に塗った感じを試してみて、印象に残りやすくなるので、購買につながるかもしれない。という、タッチアップとパフォーマンスを兼ねた販促。

このアンケートボードを先に見せると、「アンケート取りたいので、塗って帰ってください~!」と美容部員は声をかけやすいし、お客様も「まあ、そういうことなら、じゃあ……」と塗って帰ってくれる方が結構いる。

好きな色を訊くなら、これが一番簡単だし、気が楽なはずだ。

というわけで、私はちょこちょこと工作をして、(ついでに部下たちにも好きな色を選んでもらってシールを貼ってもらう偽装工作をして)女の子の再来を待った。


果たして、女の子はお母さんを連れて戻ってきた。お菓子が食べたいと言ったのか、忘れ物をしたかもと言ったのか、お母さんを連れ出した上手なやり口は聞きそびれてしまったけど。

お母さんは、小さな赤ちゃんを抱っこしていた。そのときはすっぴんで、化粧っけのないお顔だったので、口紅なんか付けて不快な思いをさせないか少しだけ心配だった。

アンケートボードを持って声を掛けにいったら、お母さんは快く応じてくれた。

いくつか色を見せたら、オレンジよりレッドより、ピンクが好きだと言う。女の子のシュシュは、お母さんのチョイスなのかな。

赤ちゃんに手が当たらないように気を付けて塗って差し上げたら、ニコニコして「この口紅、いいですね」と言ってくれた。

これは好感触なのでは? 私も嬉しくなって、「よくお似合いの色だから、余計にいい口紅に見えますね!」とニコニコした。

女の子は、「お母さんこれ好き? これ気に入った?」と目をキラキラさせながら訊いていた。

ピンクの口紅のゾーンにシールを貼ったお母さんは、娘さんとよく似た素敵な笑顔で、お礼を言ってくれた。

「化粧は好きなんですけど、下の子が生まれてから、なかなか自分のことにまで手が回らなくて……。久しぶりに口紅付けて、楽しかったです。ありがとうございます」

お母さんと手をつないだ女の子は、ずーっとニコニコしていた。

あの女の子はきっと、弟さんか妹さんが生まれるまで、ニコニコしながらメイクをするお母さんを見てるのが好きだったんだろうなあ。
忙しい生活に追われて、自分の好きなことを後回しにして、疲れてるお母さんを元気づけたくて、クリスマスプレゼントを思いついたのかもしれない。

クリスマスだもん。一年の中でも、キラキラした気分になる日だもん。
大好きなお母さんには、ニコニコしててほしいよね。

手をつないで歩いていく親子の背中を見つめながら、良いクリスマスになりますように、と祈った。


後日、女の子は、お母さんが選んだ口紅を買って帰った。

更に後日、ばっちりお化粧をしたお母さんと一緒に、買い物に来ている楽しそうな彼女を見かけた。

少し大きくなった弟を気にかける立派なお姉ちゃんになっていたので、きっとお母さんは心強いだろう。

今年も、あの素敵な母子がニコニコできるクリスマスになっていますように。



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