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ぜんぶ作りたい

まこ

私は
洞窟の中に住んでいる。

暗い洞窟の中から見える外の鮮やかな空と原っぱと森の景色。
洞窟の中で出産。

それがずっとあったイメージ

木と池と川と山と動物(家畜)。


家も服もご飯も箸もぜんぶ作りたい。
手作りが好き。しかも、手作りで見た目も素材も素晴らしく機能も良いのがいい。
お店で売ってる製品はそこまで好きじゃない。
布を織りたい、織り糸はぜんぶ自分の好きな色に染めたい、その糸は綿や毛を紡いで紡ぎたい。
うちおじいちゃんがわらじ編めるのかっこいい。
ギャッベ織る女子たち。
ラスコーの壁画

自分(かまわりの人々の手)でつくったかわいい家に住みたい。
フローネみたいにウミガメの卵をみつけて喜びたい。


私は薄暗い部屋で夫に支えられ出産をして、子供の服を作って靴下と帽子を編んでリュックを縫って、布を織って、豆を煮たり梅シロップを作って、どろんこして、焚き火して、パン種を毎日つないでこねて、野菜の種をまいて、、


産後に超絶ヘトヘトだけどやりたい気持ちが強くて、体の感じがスカスカでもやり続けていたら

ある日、それが、ものづくりの意欲が、すっかりなくなってしまって、どう見渡してもかけらも見当たらず、私はぼんやりするだけで動けなくなった。


今までものづくりの意欲がなかったことが一度もなかったので、その状態が変すぎるし、どうしたらいいのかわからなくなってしまった。変すぎて病気かなと疑ったし、これは生きる意味ないと思った。ほんまに、それをとったら何も残らない私だったので何も残ってないけど息はしている、みたいな状態やった。
その後私の腕は動かなくなって指も動きにくくなった。少し力を入れるとすぐに腱鞘炎になった。


そうなった頃の会話を覚えている

鳥取砂丘に行く前の日
「私、インスピレーションなくなった。枯渇した。カラッカラなんやけど。」
と夫に伝えたら
「ワシは今、尽きることのない泉のように湧き出てくる。」
と伝えられた。
7年前くらいかな。


あれから7年もたったなんて。

あの時は失った悲しさで、穴が空いたような感覚だったけれども
今思うと使い切っただけだった。
目指すところが高くて(原住民)なかなか満足と思えなかったけど自分の環境ではせいいっぱいやったわ。
それよりも
次にいくのこわい
そのせいで失った悲しさにしがみついていただけならアホやった
と、言いながらも、まだまださっさと進める気がしない。
7年もたったのにまだこんなこと言うてる。
だんだん本命に近づくのでこわい。

以上
私のぜんぶ作りたいが一旦おわった話しでした。(一旦ね)




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