見出し画像

彩木咲良2019年生誕記念で書いたおはなし

さくちゃんのおはなし
さくちゃんは走っていました。玄関の扉をバタンと閉めたら、おかあさんの呼ぶ声も聴こえなくなって、鳥のように、疾風のように走っていました。タッタッタッと自分の走る音と、ドキドキする心臓の音を感じながら、まだ冷たい風を頬に受けて走っていました。
さくちゃんは、泣いているわけではありませんでした。
むしろ、怒っていました。
なんやねんなんやねんなんやねん、っていう言葉が、走るさくちゃんと同じように、心の中で駆け回っていました。

さくちゃんが怒っていたのは、2週間に1回、家にやってくる家庭教師のお兄さんにでした。
「さくらさん、小学校2年生で頭脳が止まっていますね」
おかあさんに話す、その声が、ドアの隙間から聞こえてきて、一瞬、「ずのうってなんなん?」って思いましたけど、つまりはアホ、どうしようもないくらいアホって言われていることに気が付きました。
そして、さくちゃんはいてもたってもいられずに、家を飛び出して、こうして、走り出してしまったのです。
そもそも、三角形ってなんやねん!ってさくちゃんは思いました。底辺ってなんや。斜辺ってなんや! こう頭を斜めにしたら、こっちも底辺やんか。三角形をさかさまにしたら、底やないやんか。ナナメってなんや、こうみたらまっすぐやんか。
そう思うと、頭がグルグルしてしまってなんだか分からなくなってしまうのでした。

でも、さすがに、足の速いさくちゃんも、長く走っていると、息が切れてしまいます。
気が付くと、町はずれの小さな公園の前に立っていました。

さっと風が、さくちゃんの後ろから通り過ぎて、その行き先を目で追うと、まだ、つぼみの桜の木の下で、不思議な踊りをおどっている女の子がいました。
風のような、風で揺らぐ木の枝のような、そんな踊りをさくちゃんはみていると、その女の子は、視線に気が付いてか、ちらっと、さくちゃんを見て、また踊りをおどり続けていました。
「なにしてるん?!」
さくちゃんは、小声で言ってみましたが、なんの反応もありません。ちょっと背伸びして、「なにしてるん~?」と大きな声で言ってもただもくもくと踊り続けるばかりです。
ガン無視や! なんて日や! ふだんなら人見知りのさくちゃんも、カチンときて全力で走って近づき、息も絶え絶えで、なんで無視するん?
そう言いかけた瞬間、女の子は、
「さくらちゃん!」
と言いました。
さくちゃんは、驚きのあまり息をのみました。

ノドがごくん!と鳴った気がして、その女の子に聞こえているんじゃないかと思いました。そして、どうしていいか分からなくなって、その女の子の踊りを見ることしかできませんでした。
「キレイな子やなー」
「同じくらいの歳なんやろか・・」


時間が過ぎていくのも忘れて女の子の踊りを見ていました。
さくちゃんは、その踊りをみていると、少し気持ちも落ち着いてきて、遠くの方から風にのってかすかに聴こえるギターの音色に気が付きました。さくちゃん自身も、なんだか踊り出したくなるような気持ちになってきました。

そして、どのくらいの時間が過ぎたのでしょうか。女の子は静かに、スローモーションのように踊るのをやめると、「これでよし!」と、自分に語り掛けるように言いました。
そして、まっすぐにさくちゃんを見つめて言いました。
「さくらちゃん、お待たせしてごめんね! やっと会えた!」

えっ? やっと会えた? どういうことなん? この子と知り合いだったっけ? さくちゃんは、他人の顔を覚えることが苦手でしたので、真剣に思い出そうとがんばりました。しかし、どうしても思い出せません。
そんな、さくちゃんの心に気づいてか、女の子は、小首を傾げて、クスッと笑いました。
「サクヤって言います。よろしくね!」
そう言って差し出した手を、さくちゃんがおそるおそる手を伸ばして握手をしました。

手を握ると、女の子は、はじけるように笑いました。あまりにも、その笑顔が屈託のないものだったので、さくちゃんもなんだか楽しい気持ちになって、笑い出してしまいました。町はずれの小さな公園で、二人の笑い声がこだましました。

「なにしてたん?」 
さくちゃんは、女の子にたずねました。
「・・・あれはね。春を呼んでいたのよ」
きっと、さくちゃんの頭にクエスチョンマークが浮かんでいたのでしょう、
「こうして踊っていると、春が一歩一歩、近づいてくるの」

そう言って、女の子はさっきの踊りをおどり出しました。
そして、つられるままに、さくちゃんも一緒に踊りました。踊っていると、なんだかとても楽しい気持ちになって、頬にあたる風も少しやわらかくなっているのを感じました。

「ね? わかった?」
女の子は、さくちゃんの顔を覗き込んで、そう言いました。
「・・う、うん」
「信じていないようね! じゃあ、これはどう?」
女の子は、手首をくるっと回転させると、一枚のピンクの花びらを、さくちゃんの目の前に差し出しました。
「・・・あ!」
それは、桜の花びらした。
「はい。どうぞ」
さくちゃんは、花びらを受け取って、じっと見ました。それは、確かに本物の桜の花びらでした。

そして、ふたりは近くのベンチに座って話をしました。初対面の人と話すことは苦手なさくちゃんでしたが、家に来ている家庭教師のお兄さんが気に入らないことを話したら話が止まらなくなって、お母さんが大好きなこと、お母さんが大好きすぎて泣いちゃうこと、ギターが欲しいとお願いしていること、三角形がよく分からないっていうこと、いろんなことを話しました。
さくちゃんが話すたびに女の子は、うんうんとうなずいたり、笑ったり、悲しい顔をしたり、ちょっと怒ったりして話を聞いていました。さくちゃんは、なんだか昔から知っている友達みたいだと思いました。

さくちゃんが一通り話終えると、女の子は、
「だいじょうぶだから!」と言いました。
「いろいろあるけど、さくらちゃんはだいじょうぶ!」

女の子がそう言うと、さくちゃんは、思わず「あっ!」と声をあげました。どこから飛んできたのか一羽のインコが、さくちゃんの肩にとまっています。
女の子はニコニコの笑顔でその様子を見て、
「プレゼントがあるみたいね」と言いました。
インコは、クチバシに一枚の桜の花びらをくわえていました。さくちゃんは「ありがとう」と言って花びらを受け取ると、インコはどこかへ飛んでいってしまいました。

「アリさんもきた!」
女の子の言う声で地面をみると、一匹のアリが体より大きな桜の花びらをもってきました。さくちゃんは「ありがとう」と言って花びらを受け取りました。

しばらくすると、小さな黒い猫が、さくちゃんのヒザに乗っかってきました。ニャーとないて、ペロッと舌を出すと、そこには桜の花びらが一枚ありました。さくちゃんは「ありがとう」と言って花びらを受け取りました。

全力疾走で犬が走ってくると、さくちゃんの目の前にとまって、小さくワン!と吠えました。犬の鼻のあたまには、桜の花びらがありました。
その犬を追うように小さな男の子が走ってきました。さくちゃんの前に立ち、片手をポケットに突っ込むと、男の子は何かをつかんでさくちゃんの前に突き出しました。
握られていたのは、桜の花びらでした。
さくちゃんは「ありがとう」と言って、一握りの桜の花びらを受け取りました。

すると、いろんな人が近づいてきては、さくちゃんに桜の花びらを渡していきました。
おにいさん、おねえさん、おじさん、おばさん、おじいさん、おばあさん。多くの人がさくちゃんの目の前に現れては、桜の花びらを渡していきました。
その都度、さくちゃんは「ありがとう」と言って受け取りました。

気が付くと、さくちゃんのまわりには、桜の花びらであふれました。
そして、女の子は、
「よかったね」
とニッコリと微笑んだ瞬間、
一陣の風が吹き、さくちゃんが受け取った桜の花びらが、ふわっと舞い上がりました。
そして、舞い上がったたくさんの花びらの向こうに、満開に咲き誇る桜の木が見えました。

*****************

「やっとみつけた!」
おかあさんは、町はずれの公園にやってきて、思わず声を出してしまいました。
そして、静かに近づき、ベンチでスヤスヤ眠るさくちゃんの隣に腰掛けました。
声をかけて起こそうと思いましたが、さくちゃんが良い夢を見ているような寝顔だったので、言いかけた言葉を飲み込んで、しばらくこうしていようと思いました。

目の前には、もう少しで咲きそうな桜の木。

そして、お母さんの手には、誕生日プレゼントのギターが握られていました。

【おしまい】


*****************
去年の書きましたが、今年も書いてしまった「おはなし」です。
さくちゃんの生誕祭イベントで渡した手紙の中に同梱したもので、さくちゃんにまつわるいろんなあれこれを元に書いたものですが、なんやこれ?って言われても自分でもよく分からないものなのです。
ただ、彩木咲良という人が、コノハナサクヤヒメという神サマに守られているんじゃないか・・という物語を書きたいと、かなり前から思っていて、それをカタチにしたというものです。ちなみに、サクヤさんが踊っているおどりは、「Rainbow 私は私やねんから」のフリをイメージして書いてて、この命、この身体・・とか、ケンケンパーとかやっているんだろうなぁ・・と、想像しながら書いていました。
さくちゃんとサクヤさんの物語は、いつかまた書きたいと思っていますが、書けるといいなぁ・・。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?