マルジェラを巡る冒険 #4

電話で対応して下さった方を訪ねて、百貨店のマルジェラ売り場を訪れた。

私はずたぼろになった靴を見せながら、大変恐縮し、無理ならそのまま持ち帰りますので、と何度も告げた。応じてくれたのはまだ若い感じのよい女性で、「こんなに大切にご愛用いただいて」と、私の注文を熱心に聞いて、書き留めて下さった。
私は、デザインで一部パーツが始めからめくれていることを告げ、今後のダメージを防ぐため、元のデザインから変わることになるが、縫い合わせてほしいこと、その他修理の方から見て、補強や交換が必要なパーツがあればそこもお願いしたい旨を伝え、ひとまず提携している業者へ見積りに出すことになった。

数日後、見積り金額が上がってきたので、そのままお願いし、それで一件落着となる見込みであった。

ところが数日後、再びマルジェラ売り場から電話がかかってきた。
業者の方で、口頭での説明だけでは、依頼主の意に沿った修理にならない可能性があるので、できかねる。何かオリジナルの姿がわかる資料等ないか、と言ってきたらしい。

別に靴マニアではないので、買った当初の状態をわざわざ写真に残したりしない。私は、購入したのが2008年か9年の冬で、当時の店員から、アフターパーティーというモデル名だと聞いている、ということを伝えた。

これだけ手がかりがあれば、後は何とかなるだろうと思っていたが、そう簡単にはいかなかった。

その後も何度が電話でのやりとりが続いた。
私の情報をもとに色々あたってみたが、販売員も当時とすっかり入れ替わっているし、資料らしきものにたどり着けないという。しかし、信用第一だから、アテ推量で勝手なことはできない、というのが業者の言い分らしい。

何度か目に電話のやりとりをした時は、いつも電話を下さる方が休みらしく、別の販売員の女性だった。
一週間くらい毎日、仕事での昼休中に電話がかかってくるので、さすがに私も辟易し始めていた。

それでつい、わざわざ近所の修理屋でなく、購入した百貨店へ持ち込んだのは、腕をある程度信頼していたからだ。もしかしたら、こちらの意図しない出来になって戻ってくることもあるかもしれないが、もう十分履いた靴だし、そうなったらなったでしょうがないと思っている。店を通じての依頼で、直接やりとりしている訳じゃないから、業者が渋るのも分かる。だけど、あまり融通がきくとは言い難い。マルジェラの方にこれ以上間に入ってやりとりしていただいても、らちがあきそうにないので、今回は一度靴を引き取って、自分で業者を探します、といった旨を長々と述べた。

私の声色は、業者に対して明らかに苛立っていたように思う。
この件はもうこれでおしまいだと思った。
しかし、電話の向こうの相手はなかなか引き下がらなかった。

「◯◯様(私の名前)、差し支えなければ、こちらから何か別のご提案をさせて頂きたく存じます。もう少しお時間頂けないでしょうか?」

私はこの「提案」という言葉に大変おどろいてしまった。
更に、

「先日から本社の方へも問い合わせているのですが、なかなか手がかりが見つかりませんでして…それと先程伺ったお話で判明したのですが、▲▲(いつも電話をくださる方)は◯◯様が靴の完全復元を希望されていると思い違いをしていたようで。大変申し訳ございません。先程のお話を元に、もう一度本社とも話をしてみますので…」

本社…
この老いぼれた靴を一足直すのに、ここまで骨を追っていてくれたなんて。

私の脳裏に突然、「マルジェラの社員はマナー研修のためにフランス料理を食べに行く」という、大昔デッサンの先生から聞いたエピソードが蘇ってきた。

つづく

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?