9月6日(木)

このごろ、何だかつまらなく感じるのは夫婦の交りのない事が主因だらう。万を超える金を持つて自由に遊びまわつて慾情のまゝにシゲキを求めて見たい。そしたらこのごろのつまらなさも、けし飛んでしまふだらう。    頭に浮んで来るのは、まずスタンドバーの洋酒だ。行つた事も飲んだ事もない俺だが、いつもよく気をひかれる所だ。それから、男の慾を充たしてくれる所だ。ちよつとキヤバレーは気がひける。一万円位ではおもしろく遊ぶどころか恐ろしくなるだらう。数えればいくらでもあそべるが。     こゝはガマンのしどころだ。それによつて将来の幸せと満足が求められよう。

娘からの注:                            自分の子供が生まれても、父親というものは家庭でこういう疎外感めいた感情を抱くのだろうか。                        「スタンドバーの洋酒」と言うと小津安二郎監督の映画「秋刀魚の味」の、岸田今日子がママをしているバーを思い出す。カウンターの後ろには華やかな色彩のラベルの瓶がたち並び、でもお客さんが飲むのはもっぱらトリス。小さなプレーヤーで軍艦行進曲のレコードをかけて、加東大介が海軍式敬礼をしながら足踏みする。元・上官の笠智衆が静かに微笑みながらそれを眺める。戦争が終わって、平和で物に不自由しない生活が戻り、少しくらい酔っ払って馬鹿みたいな真似をしてもだれもとがめない。そういう時代になったんだ、戦争中の苦しかったことはみんな諦めてしまおう…そんなほろ苦い情感が流れるシーンだった。わが父・政幸も貧乏農家に生まれ育ち、里子にだされ徴兵されて、シベリアの収容所で2年半も過ごした不運続きの日々だった。子供も今のところ無事に成長しているし、少しくらいはこういう妄想にひたっても許されるだろう。

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