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モンゴル伝統医学 ~中国とチベットから学び、生み出された伝統医学~

「東洋医学」

 みなさんは、どのようなイメージを持たれているのでしょうか?

Wikipediaによると
 東洋医学は,中国医学(中国),漢方医学(日本),韓医学(朝鮮半島)などの中国を起源とする東アジアの伝統医学を指す場合が多いが,アーユルヴェーダ(インド)などの南アジア・東南アジアの伝統医学を含む場合も多く,更にはユナニ医学などの西アジア伝統医学を含む場合もある.ユナニ医学は古代ギリシャを起源とし,ヨーロッパに大きな影響を与えたため,西洋医学の文脈で語られることもある.

 モンゴルでは,この東洋医学に分類されるモンゴル伝統医学が古くから国民の間で親しまれており,今日においても広く支持されている医学の一つである.隣接する中国伝統医学やチベット伝統医学に似ているも,実際は異なる特徴を持っている.

 ネットで無料で読める文献を参考に理論や歴史をはじめ,日常で遭遇するいわゆる民間療法についても触れていく.


モンゴル伝統医療の特徴

①チベット経由のアーユルヴェーダ医学の理論を取り入れている.

②「医療」と「宗教(僧侶)」が一体となっている.

③チベット医学や中国医学の影響を受けているも,モンゴル地域の地理的環境やモンゴル人の体質に合せて発展させた独自の医療体系である.


理論
 人間の身体は三元素「気」「胆」「痰」によって構成され,七つの活力「食物の精華」「血液」「筋肉」「脂肪」「骨格」「骨髄」「精子(卵子)」によって維持されている.モンゴル伝統医学は,この三大元素理論に基づいており,それが人間の生,老,病,死に直接関わっているとされている.

「気」:中国伝統医学の「気血」の気と類似しており,体内に普遍的に存在するもの.「胆」と「痰」のバランスを取る機能を持っている.
「胆」:体内の熱性の要素を指しており,食物を消化し栄養を摂取したり,身体を温めたりする機能を有している.
「痰」:体内の寒性の要素を指しており,体内の液体の流れと新陳代謝を促進し,養分を守り,寿命を延ばす機能を発揮している.

 これらの三要素は相互のバランスをとっており,一旦バランスが崩れると病気になる.またそれらの病気は「寒」「熱」の二種類に分けられ,「気」「胆」「痰」「血」「黄水」「虫」という基本的な六種類の病気としてまとめられている.


診断方法
 中国医学の四診(望診,聞診,問診,切診)に対して,「望診」「問診」「触診」からなる(具体的には脈診や尿診,舌診など).脈診は中国伝統医学における切診の「寸,関,尺」を取る方法とは位置的に異なっている.


薬剤
①「丸剤」:緑豆の粒ほどの小さなもの,白湯で服用
②「湯剤」:生の薬剤を粉末状にしたもの,煎じて服用
③「散剤」:生の薬剤を粉末状にしたも,煎じずに白湯で服用
 遊牧生活をする上で,携行しやすい形態を用いられたことが考えられる.これらの薬剤は病気と同じように性質的に「寒」と「熱」の二つに分類され,寒性を原因とする病気には「熱」の性質の薬剤を投与し,熱性を原因とする病気には「寒」の性質の薬剤を投与する.



歴史

①1920年以前

 古くから固有のシャマニズム的遊牧的民間医療を持っていた.16 世紀末にチベット仏教の伝播に伴い,体系的な基礎理論を有するチベット伝統医学の理論を取り入れてモンゴル伝統医療が確立される.急性感染症が蔓延しており,平均寿命は32歳であった.


②1921~1990年

 1921年,民族革命でモンゴルは社会主義国家として独立する.西洋医学が導入されるようになり,社会主義の影響で医療費は基本的に無料.1937年,「チベット薬は宗教活動を強める『武器』である」として伝統医療の禁止が決定.その翌年にはすべての伝統薬の商業販売が禁止され,伝統医療は一時的に途絶えた


③1991年以降

 東欧の社会主義が崩壊し,伝統医療が復活することになる.1991年,モンゴル政府が「伝統医療開発基本方針」を定め,民主化後の1999年に「モンゴル伝統医療開発国家政策」が制定された.これにより伝統医療は公式に承認され,モンゴルの「知的文化遺産」として国家政策による伝統医療の保護・発展がめざされることになった.


民間療法

①アイシング各種

 モンゴルは年の半分は寒い国であり、基本的に暖かいものを好んで飲む.冷たいものは喉を痛めるとも言われ,氷を作る文化がない.したがって,気軽にアイシングをできるような環境は整っていない.氷に代用するものとして,様々なものが活用されている.

「馬肉(冷凍)」

「羊の臀部の脂肪(冷凍)」

「キャベツ+ジャガイモ」


馬乳酒

 モンゴル語でАйраг(Airag).馬の生乳を発酵させたもので,牛乳を薄めたような味とヨーグルトより強い酸味が特徴的.体に良い飲み物とされており,約2∼3%のアルコール分を含んでいるものの,幼少期から飲まれている国民的ドリンク.落馬して骨折したり筋を痛めたときには,回復を早める目的で馬乳酒を飲むこともあるよう.私はこれを飲み120%の確率で下痢を起こすが,現地の人曰く「腸内が綺麗に掃除されて,健康になる」と.

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タルバガン

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 いわゆるマーモットの一種で,わかりやすく例えると大きなねずみ.夏の時期,地方に行くと振舞われることが多い.首を切り落とし内臓を取り除いた後,腹部に焼け石をぎっしりと詰めて蒸し焼きにされる.皮下脂肪を多く蓄えており,味は「The・獣」.

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 もしかしたら,ご存じの方もいるのでは?このタルバガンはペストの感染源であり,先日も死亡者が出ている危険なもの.狩猟や食べることを控えるように呼びかけられているが,モンゴルではごちそうと捉えられていて「美味い」「身体に良い」と言って勧めてくる.断りにくく一口はいただくが,自分を守るためにも断る勇気は必要である.


④人間の母乳

 馬が風邪をひいたときに飲ませると効果的.人間も夏の日差しや冬の雪に反射した太陽の強い光で目が痛くなったとき,目薬代わりとして利用するとすぐ治るらしい.

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冷泉

 天然の冷泉は胃腸が痛いときに飲むと効果があるらしい.

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※番外編 頭痛・脳震盪

 モンゴルでは頭部の手技療法が国民に広く親しまれている.伝統医療病院はもちろん,下の写真のように食堂の片隅でも気軽に受けられるような光景が見られる.

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 スポーツ現場で活動している際に,選手から「頭が痛いからマッサージしてくれ」と頼まれることが非常に多い.私は柔道整復師(運動器の外傷・障害が専門)であり,頭部をマッサージすることはなく,断るもしくは関係している頸部の筋や関節にはアプローチする.そうすると選手は物足りないのか,別の選手に頭部マッサージを受け,スッキリした表情を見せる.

 これならまだそこまで問題ではないが,特に困るのが脳震盪.

頭部に衝撃を受けた直後に発症する一過性および可逆性の意識や記憶の喪失を伴う症状で、一時的な機能停止あるいは一部が損傷や微少出血を受ける病態(Wikipediaより抜粋

 

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 試合や練習中に頭部および顔面部を強く打ち,痛みを訴えたり,一時的に意識消失した場合においても頭部のマッサージを要求される.頭蓋骨の内部で起こる損傷であるため,頭皮をいくら押したところでよくなるハズがない.むしろリスクの方が懸念される.

 なぜここまで頭をマッサージしたくなるのだろうと疑問に思っていたが,おそらく伝統医学が関係しているのだろう.

振動治療に内包された医療概念
 モンゴルの伝統的治療には、臓腑の損傷および振動による傷害をドムノホする、つまり位置ずれをなおすとか、「モンゴルの脳をドムノホする方法」 (注7)として有名な脳振治療がある。いずれも、モンゴル独特のユニークな伝統的治療方法である。 (注8)
 これらについて、治療の基礎となる理論的基盤を記録した史料はえられない。しかし、多様な具体的治療方法を相互に検討すると、いずれも振動をあたえるという方法をとっており、それをみるかぎり、古代の人々はすでに一種の理論的思考をそなえていたものとおもわれる。
 今日、これを科学的にいうなら「振動を振動で治療し、まず振動をあたえたのちに安静にする、こうして振動と安静を結合する」(注9)というような帰納的形式で理論的基盤としていた、と総括できよう。
(中略)
注8 ドムは、一般に妖術・魔術と訳されるモンゴル語であり、元来は呪術的なものであったとおもわれる。現在でも、治癒をいのって「エムドム、エムドム」ということがある。民間療法として現在でもひろくモンゴルにみうけられるドムは、落馬のさいなどの脳震盪に対する治療行為である。地域、症状または治療者によって、つぎのような様々な方法がみられる。人をあおむけにねかせて足のうらに板を垂直にあてておき、これをたたく。あらかじめ頭部のはいる穴をほって人を大地にねかせ、頭部周辺を大槌でたたく。はしをかませておき、頭部に茶碗をのせてこれをたたく。ねじりはちまきをさせて、はちまきの端を棒でたたく。

(アーユルヴェーダの北方前線 一モンゴル医学紹介一 より一部抜粋)

 モンゴルで活動して4年.選手や患者さんを見る上で,明らかにおかしいと感じる部分があっても,真向から批判するのではなく,自分の意見も伝えたうえでアプローチするように心がけている.


「頭が痛いから頭をマッサージする」「突き指したから指を引っ張る」「腰が痛いから腰をマッサージする」など.”木を見て森を見ず” 

未だに木(気)ばかり見ているのが,モンゴルの現状であると感じる.



最後に

 古くから伝えられてきて,今日まで国民に親しまれているモンゴル伝統医学.独特な治療法がいくつもあるが,やはり何かしら根拠や効果があるからこそ,政府に弾圧され途絶えた時期を乗り越えて,現代においても利用されているのだろう.ただ面白いで終わらせるのではなく,学術的に探っていき,この記事を更新していくか,新たにまとめていこうと思う.

 21世紀に入り,世界から様々な技術の導入をしており,著しく発展を見せているモンゴル.医療業界に関しては理学療法士や作業療法士をはじめ,日本の伝統医学である柔道整復を学ぶ学科が設立され卒業生を輩出している.モンゴル伝統医学や西洋医学に加えて,それらが今後どのように確立され,社会に貢献していくのか非常に楽しみである.



最後まで読んでいただき,ありがとうございました.いつも多くの方からスキをいただいて,大変励みになっております.モンゴルのスポーツ現場での活動も書いているので,ぜひそちらもご覧ください!



参考文献

利光有紀,アーユルヴェーダの北方前線 一モンゴル医学紹介一,医学史研究第63号,1989

長岡慶,モンゴル 苦楽とともに生きる伝統医療,アジア・アフリカ地域研究 第13-2号,2014

BAAST Gangerel,モンゴルの医療の歴史・制度と国際交流の動き,国際医療福祉大学学会誌 第23 巻2号,2018

工藤鉄男,モンゴル国における柔道整復師の養成,医学教育 第49巻 第4号,2018

中澤理恵 他,モンゴル国における理学療法教育支援,Kitakanto Med J 537
,2011

外里冨佐江,モンゴル国訪問記,長野保健医療大学紀要 Vol. 3,2017

財吉拉胡,近代内モンゴルにおける伝統医学の史的変容,医学哲学 医学倫理 32巻,2014

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