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早朝4時にカレーライスを求め集うバーがあってね、

ふと、あの頃に行ったショットバーのことを思い出した。

まだ、みんながこの流行病のない生活を送っているときのこと。

大学生という華の時代に、恋愛もろくにせず、ナンバーワン風俗嬢として全力を注ぐ毎日に終止符を打つきっかけのひとつとなった男性と、あっけなく別れた直後だった。

気が強いだとか、メンタルは強いと自分で思っていたが、失恋の辛さの免疫はこれっぽちもなかった。

これまでのように打ち込める仕事も何もかも失っていた私は、ひどくやつれた。

お酒も決して強くはないし、この頃はお酒が好きってこともなかった。

ただ、毎日誰かにそばにいてほしかった。そのうえでお酒を飲めば思考力も低下し、余計なことを考えなく済む、という理由でただひたすらに飲み歩いた。

一度だけ行ったバーの店員と、急遽プライベートで飲むことになった。

偶然にも同い年で、地元も近く、意気投合し、よく連絡だけは取っていた。

その彼と焼肉を食べた後、彼が最近忙しすぎて行けてないバーがあると言い、雑居ビルの4階にあるショットバーに入った。

7人くらいが座れるカウンターとボックス席が2つある、よくあるようなバーだった。

時間はまだ21時で、お客さんは1組だけだった。

私たちはカウンターの端に座り、彼が好むアロエの入った缶チューハイをとりあえず3缶頼んだ。

アルコール度数は3%。アロエのみずみずしい感じが美味しい。

20時前に合流した彼は二日酔い真っ只中でしんどかったらしいが、お酒を迎えたことによってそのしんどさが鈍り、復活してきたらしい。

『ツカサくん!カミカゼ3つで!』

彼はエンジンがかかってきたのか、楽しそうな表情で、この店名物というカクテルを店員さんの分も一緒に頼んだ。

『カミカゼってなんやったけ?』

『ウォッカに果実系のリキュールのコアントローっていうのを混ぜて、あとライムジュースを入れたやつ!25度もするのにショット3杯分の量入ってて、まじでこれ飲むんきついから、俺の店には置いてない!』

それなのに、自らオーダーして乾杯しようとしてる彼は変だ。

でも、上機嫌な姿を見てると、私も楽しくなってくる。

そうして、3人で乾杯し、ロックグラスいっぱいに入ったカミカゼを一気飲みした。

(うぇええ、飲みにくい。確かにテキーラショットよりも遥かに飲むのがしんどい。)

歌を歌うのが好きな私たちはカラオケを歌い、3%のアロエ缶チューハイを次々にあけた。

『ツカサくん!今日ってカレーはまだないんやっけ?』

『そうなんすよ。リュウヘイが出勤してから作るんで出来上がるの夜中3時とか4時とかっす。』

2.3時間前に結構な量の焼肉食べたのに、しかも結構酔ってきてる状態でよくカレーが食べたいと思えるなぁと、やっぱり変なやつだと私は思った。

その時期、やつれてはいたものの、私は夜職から社会へ馴染むためのリハビリとしてアルバイトだけは続けていた。

その次の日はそのアルバイトが朝からあったため、終電で帰ることにした。

***

それから彼とは何気ないやりとりをし、またすぐに会う予定を立てた。

***

毎日が二日酔いの彼は、鉄板焼きのお店に入ってすぐウーロン茶を頼んだ。

私は、少しずつお酒の体になってきたのか、彼にはお先ですと一声かけ、生ビールを流し込んだ。

前回まではなんだかお互いにぎこちなく、なんとなしの会話だったが、その日は大学時代の話をしたりと何気に会話が弾んだ。

気づけば、私たちより後に来たお客さんたちが帰っていて、長居してしまっていることにそのとき初めて気づいたのであった。

『こないだ行ったバー行っていい?』

『いいよ!行こ行こ!』

彼は、またあのバーへと吸い込まれるように私を連れて入った。

前回よりも遅い時間だからか、店内には3組ほどのお客さんがいた。

『おー!いらっしゃいませ!奥のボックスへどうぞ~!』

カウンターよりもこっちの方がふかふかで居心地がいい。

お決まりのアロエチューハイで乾杯。

これまたお決まりのカラオケを歌う。

そうしているうちに終電がとうの昔に過ぎ、私たちのテーブルには店員さんの手によって綺麗に並べられた空き缶が15缶ほどあった。

トランプゲームで負けた人が飲んだショットグラスも置かれていた。

この中で一番負けていない私だけでも、もうすでに5杯は飲んでいた気がする。

お客さんは店いっぱいに埋まり、2人の店員さんが出勤してきて、より一層盛り上がっていた。

『ショウタロウくん!カレーもうすぐで出来上がるんでちょっと待っててくださいよ!』

1人の店員さんが彼にそう話しかけ、彼の名を今更ながらに知った私だった。

いや、一度は知ったけど、名前を覚えるのが極度に苦手で忘れていた。ごめん。

***

『ここのカレー、めっちゃ美味いねん。』

まぁ確かに飲み過ぎてお腹はいっぱいなはずなのに、何かを口にしたいって気持ちになるのは共感できる。

ただ、カレーを食べたら余裕で吐けるぐらいに酔っている。

彼も、酔った酔ったとさっきから何度も自白している。

そして、時刻は朝の4時をまわっていた。

『おまたせしました~!』

奥でせっせとカレーを作っていたというリュウヘイと名乗る店員さんがニコニコしながらテーブルに1つのカレーライスを運んだ。

『っうっま~!リュウヘイくんのカレーやっぱ最高っすわ!

のぎも、食べてみる?』

『・・・うん。食べてみる。ちょうだい。』

私は一口だけもらうことにした。

『・・・んっま!なにこれ!おいしい!え、おいしすぎん?』

普段、リアクションが下手だと言われる私が、そのときばかりは女優張りに表情豊かだった。

そして、一口だけと思っていたものの、彼が頼んだカレーなのに7割は私が食べてしまっていた。

私たちは、さらに飲んでは歌い、ゲームを繰り返し、朝の8時に通勤中のサラリーマンとすれ違うように駅へ向かい、それぞれの家へ帰った。

***

それから1週間は経ったが、あのカレーの味が忘れられなかった。

サラサラと流れ込むように食べれて、ホッとしてしまう味。

いくら美味しいと言えども、特別な味ではなく、どこか家庭的な味だったことは、どれだけ酔っぱらていても感覚として記憶に刻まれていた。

***

少し期間は開いたが、私の元気がないからと心配して、彼の仕事前にご飯に誘ってくれた。

自分ではそんなに元気ないこともないと思っていたけど、気にかけてくれることは純粋に嬉しかった。

***

『のぎが食べたいって言ってた、しゃぶしゃぶ食べに行こ!』

そう言って、彼の優しさにありがたみを感じながら食べるご飯は人一倍美味しかった。

***

『明日仕事あるんやろ?今日は早く帰って早く寝なね。』

彼にそう言われ、可愛くはない値段のご飯をご馳走してくれて、なんだかお返しをしなきゃという気持ちになり、ちょっとだけお店に行くことを私は提案した。

あれからというものの、私の中でもアロエチューハイが定番になり、彼の分のアロエチューハイも頼んで一緒に乾杯をした。

***

時間が経つのはあっというまで、終電の時間が迫っていた。

でも、まだ帰りたくはなかった。

ほどよく酔ってくると、一人になりたくなくなる。

『終電そろそろじゃない?』

『ん~。そうやねんけど、もうちょっとおる!

あ、あのカレーが食べたい。』

『大丈夫?のぎがおれるならいいけど。俺もあのカレー食べた過ぎる。行こ。』

意見が一致し、カレーができるまでと彼の勤務時間が終わるのを、ちびちびお酒を飲みながら待った。

その日は、テキーラなどの度数の高いお酒は一切飲むことなく、度数3%のアロエチューハイをひたすら飲んだ。

気づけば10缶ほど飲んでいて、お会計もそれなりにしたはずなのに、彼が裏で調整をしてくれ、5000円ほどになっていた。

(ご飯の御礼で来たのに、なんか申し訳ないな・・・。)

時刻は朝の4時をまわっていて、例のショットバーに来た。

店員さんは私の名前を憶えていてくれて、すごく嬉しかった。

『カレーできてますよっ!うどんとライスどっちにしましょ?』

彼がカレーがいつできあがるかLINEで聞いてくれてたこともあり、あのカレーを生み出したリュウヘイさんは、私たちが席につくとすぐに聞いてきてくれた。

『カレーうどんもあるんやぁ。私はカレーライスがいい!ショウタロウくんは?』

『迷うとこやけど、俺もカレーライスかな!カレーライス2つお願いします!』

今日は、1人1つずつカレーライスを頼んだ。

***

『もしもーし。あ、お久ぶりです!・・・はい、カレーですか?ちょっと確認しますねぇ。

・・・あ、もしもし!あと2か3はいける感じっすね!はい!お待ちしてます~!』

店員さんの一人が、お客さんであろう人からの電話口でそう話すのが聞こえた。

そして、よく見れば、カウンターに座るお客さん数名もカレーライスやカレーうどんを頬張っている。

酔っ払い、眠たい中、みんなこのカレーを求めにこのバーへやってくる。

異様な光景だった。

『はーい!カレーライスお待たせしました~!』

私たちは念願のカレーライスを目の前にし、目を輝かせた。

『『いただきますっっ!!!』』

(これこれこれこれ!この味ー!!!!!)

前回は酔い過ぎて、丁寧に味わえなかったが、今日はちゃんと味を感じたい。

茶色過ぎないほんの少しピリっとしたカレーのルーに、少し小さめのじゃがいも、ほろほろになった鶏肉、にんじんは確か入っていなかったような・・・。

実家のカレーとは全く味が違うけど、絶対にカレー屋さんでは出てこない親しいような味がするのだ。

『これ、レシピ聞いても企業秘密ですって言われるかな?』

『教えてくれへんかもなぁ~。』

まだ、店員さんとの距離感を縮めれてない私は彼にそう言われてしまうと、聞くに聞けなかった。

最後まで湯気が立っていたほどのスピードで、私たちはカレーライスをペロリと完食した。

彼は店に悪いと気を使い、アロエチューハイを数本オーダーし、私たちはお腹をさすりながら日差しが照る中、お互いの家へと帰ったのだった。

***

それから何となく連絡が疎かになり、また行きたいねと連絡は取っていたものの、この流行病が長引き、気軽に飲みに歩くことが難しくなってしまった。

まぁ、お互いの環境がガラリと変わってしまったことが一番の要因なんだろうけど。

あの、多くの人が早朝4時にカレーライスを求め集うバーは、まだあるのだろうか。

潰れていないといいな。

もしまだ存在していて、気軽にいける時代が再来するのであれば、またあのカレーライスを食べに行きたい。

あ、次はカレーうどんもいいな。

いや、やっぱカレーライスがいいかな。

覚えていないだろうから、また名前を言って、仲良くなって、いつかレシピを聞けたらいいな。

企業秘密なんだろうけど。

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