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この声が届くまで【1:1:0】【ラブストーリー】

『この声が届くまで』
作・monet

所要時間:約20分


◆あらすじ◆

一一私は声を発することが出来ない。

心因性の失声症を患っている詩織はある日、詠という男と出逢う。

詩織/♀/長浦 詩織(ながうら しおり)。学生時代のトラウマが原因で、失声症を患っている。声を出すこと(発声すること)が難しい為、筆談での会話が主。(『』内の台詞は全て筆談。)

詠/♂/富吉 詠(とみよし うた)。詩織に一目惚れをする。年齢的には詩織よりも少し下。物心ついたばかりの頃に両親を事故で亡くしており、施設育ち。基本は落ち着いた性格。(※ナンパ男と兼役。)

◆ここから本編◆

 ◆とあるセレクトショップ◆

詩織:『この商品はいくらでしょうか?』

詩織:(M)私は手持ちの手帳に慣れた手つきで文字を書く。
そう。筆談というやつだ。といっても、私は耳が聞こえないわけではない。

 (間)

詩織:(M)話すことが、できないのだ。……声を失ってしまったあの日から。

 ◆夜◆

 ◆渋谷・道玄坂近く◆

ナンパ男:ねえねえ!そこの美人なお姉さん!この後ご飯行かない?
俺、ちょー美味い店知ってんだよね!ね、お肉とか好き!?

詩織:(M)私は手帳を取り出し、いつも通り文字を書く。

 (間)

詩織:『いくらですか?』

ナンパ男:……え?マジ?口きけない女なの?
俺ちょっと今回はパスだわー。面倒くさそうだし。

 (間)

詩織:(M)そう言い捨てると、ナンパ男は逃げるように立ち去って行った。

 (間)

詩織:(M)私が口をきくことができなくなってしまったのは、まだ若い高校生の頃。
「お小遣いをあげるから」と誘われたラブホテルの一室で、私は複数人の男から暴行を受けた。
……当時はのうのうと、ついて行ってしまった自分を責めた。
「私が馬鹿だったのだ」「私に危機感が無かったのだ」と。

 (間)

詩織:(M)だけどそれから私は声を発することが出来なくなった。
頭では言葉が浮かんでいるのに。喉元まで出かかっては、息がつげなくなり、ついえてしまうのだ。
……声を出したい。誰かと話がしたい。そんな当たり前の願いすら、私には叶わない。

 (間)

詠:やっほー!……ねえねえ。もしかして、ですけど、お姉さん困ってます?

詩織:(M)最悪だ。今日は本当についていない。本日二度目のナンパである。
私はカバンにしまったばかりの手帳とペンを取り出した、と同時に男の声が遮る。

詠:いやいや、それしまってください。……実は俺、さっき見てたんです。お姉さんがナンパされてるとこ。

詩織:(M)なんなんだこの男は。見ていたなら尚更。
どうして言葉を発せない私に声を掛けてきたのだ。意味が分からない。

詠:……あはは。下心が無いって言ったら嘘になるんですけど。
何だろう。……なんか、気になったといいますか。お姉さんのこと。

 (間)

 (詩織、カバンにしまわなかった手帳にペンを走らせる。)

詩織:『私の価値は、いくらですか?』

詠:……はあ?……お姉さん、何、それ?

 (間)

 ◆ラブホテルの一室◆

詠:詩織さん……さ。いつも、こんなことしてるんですか?

詩織:『それを言うならあなたもですけど。』

詠:あっははー。何も反論できません。

詩織:『それにしても、変わったヒトですね。詠(うた)さんは。』

詠:あはは(苦笑)。せめてタメ口でも呼び捨てでも、もうちょっとフレンドリーに接してくださいよ。
……やることやっちゃった仲なんですし。

詩織:『大抵の男性は、私が声を出せないことを知ると気味悪がって逃げていきます。

詩織:でも、詠さん、いや、詠くんはそうじゃなかった。』

詠:一目惚れ、でしたからね。別に声がどうとかは、気にしてませんでした。

詩織:『なるほど。では最初から、詠くんは私の身体だけが目当てだった、と。』

詠:……詩織、さん?そんな捉え方しなくてもいいじゃないですか。

詩織:『分かってます。昔から、無駄に見た目だけはいい方です。男に言い寄られるのも、こうして身体を重ねるのも慣れています。』

詠:……詩織さんの過去に何があったのかは知らないですけど。
それでも俺は、詩織さんのこと、綺麗だと思ったんです。
上手く言えないですけど、見た目だけじゃなくて、……その、中身、とかも……いいなって……

詩織:『さっき、知らないって言ったくせに。』

詠:知らないですけど!でも……。ただ見た目が綺麗なだけじゃない、なんというか……惹かれるものが、あったんですよ。

詩織:『よく分からないですけど。私はそろそろ帰ります。ありがとうございました。』

 (ホテルの一室を出ていこうとする詩織)

詠:っっ!!ちょっと待ってくださいよ!!詩織さん。

詩織:(※無言)

詠:……俺のこの気持ちは、一夜限りの遊びじゃないですから。……つまるところ、本気です。
これ。連絡先。……もし俺のことが気になったら、連絡してください。
……俺的には、連絡してくれたら嬉しいなって思うんですけど……そこは、詩織さんに任せます。

 ◆数日後◆

 ◆詩織の自室◆

 ◆無理やり声を出そうとしている詩織◆

詩織:……っっ、ぁ……あり……が……、、うっ!!(※激しくせき込む)

 (涙が溢れ出す詩織)

詩織:(M)どうして。……どうして私の声は出なくなってしまったの。
医者は心因性のものだと言っていたけど、「ありがとう」の一つも伝えられない。
……今の私は、なんて無力なんだ。本当に、情けない。情けなさ過ぎて、自分が嫌になる。

 ◆数日後◆

 ◆公園のベンチ◆

詠:びっ…くりしました。詩織さんから呼び出してくれるなんて。

 (詩織は、手帳を取り出し、詠に見せる)

 (一ページ目には、「高校生の時、複数人の男から暴行を受けました。」とだけ書いてある)

詠:……詩織さん。これ、この詩織さんの手帳、俺が読んでもいいってことですか?

詩織:(※無言で頷く)

 (詠が手帳を読み終わるまでの間)

詠:……詩織さん。これ、この手帳の内容ですけど……
「辛かったね」とか「大変だったね」とか、俺、そんな薄っぺらい言葉は掛けられないですよ。

 (詩織は顔を伏せている)

詠:あと……これ。……この最後のページ。「ありがとう」って、どういう意味ですか?

 (詩織は詠から手帳を奪いとって、空きページにペンで殴り書きをする)

詠:……っ!あっ!詩織さん!急に手帳取って……何を書いて……え?

詩織:『この話を読んで、気味が悪いと思わなかったの?』

詠:……思わなかったですよ。

 (また手帳に走り書きをする詩織)

詩織:『どうして?』

詠:詩織さんは、綺麗だから、かな。

詩織:『ワンナイトした関係なのに?』

詠:だからそれは!俺は遊びのつもりじゃなくて、本気だったんです!

詩織:『私が遊びのつもりでも?』

詠:……っ。それは……。それでも、俺は、詩織さんのことが好きです。

詩織:『手帳の内容からも見て分かる通り、私、汚れてるよ?』

詠:……汚れてなんかいません。詩織さんは綺麗です。

 (少しの沈黙)

 (詩織がまた手帳に文字を書き始める)

詩織:『私ね、嬉しかった。声を出せない私を気味悪がらずに、それどころか「綺麗だ」と言ってくれた。
すごく嬉しかった。だけどね、それと同時に、私は自らの無力さに絶望した。
自らの汚さを酷く恨んだ。私は私の価値を見出したくて、様々な異性と身体を交わした。
だけど今思えば、そんなことしなきゃよかった。
こんな馬鹿なことさえしなければ、私は、詠くん。あなたにきちんと好きだと伝えられていたのに。』

 (少しの沈黙)

詠:……詩織さん。

詩織:『何?幻滅した?それならさっさと私の事なんか諦めて、普通の女の子と普通の恋愛をしなさいよ。』

詠:俺、嬉しいんです。

詩織:『何を言っているの?』

詠:だって、詩織さんも、俺のことを好きになってくれた。そう考えてしまっても、いいんですよね?

詩織:『ええ。そうだけど。でも、私は、声も出せないし、身体だって汚いし。詠くんが語るような、綺麗な女じゃない。』

詠:……声が出せない部分は、俺が精一杯サポートします。
身体のことに関しては、……その、実は俺だってそうですし。

詩織:『それは初めて会った時から気づいてたよ。』

詠:あはは。そうでしたか。すみません。
……でも、俺は詩織さんの今までの経験なんて気にしません。
というか、今までの男、忘れさせるくらい、俺が夢中にさせますから!

詩織:『私が気にするってことは、考えなかったわけ?』

詠:…っ!す、すみません!俺、自分のことばっかりで……。詩織さんは、こんな俺、嫌ですか?

詩織:『ちょっとからかっただけだよ。気にするわけないじゃない。』

詠:(ため息)も、もう……。詩織さんたら……。

詩織:『若いね。詠くんは。』

詠:でも俺!本当に詩織さんのことが好きなんです!こんな気持ち、今まで感じたこと無くて!

詩織:『大丈夫だよ。詠くん。きちんと伝わってるから。』

詠:……詩織さんは?

詩織:『え?』

詠:詩織さんは、俺のこと好きですか?

詩織:『さっき、手帳に書かなかったっけ。』

詠:……もう一度、聞きたいんです。詩織さんの、詩織さん自身の言葉で。

詩織:『私の言葉で。』

詠:(詩織が失声症だということを思い出して)…っ!あっ!すみません!俺、配慮も無しに、こんなこと……っ!

 (詩織、ゆっくりと口を開く)

詩織:……っ。す、き……だ、……よ……。う、た、く……ん……。

 (詩織、酷い息切れと共に、嗚咽が漏れる)

詠:し、詩織さん……っっ!!

詩織:ハァ…ハァ……、、す、き、、うた、、く……ん……。

詠:詩織さん!もう無理しないでくださいよ!

詩織:……だっ、め……。じぶ、ん、の、こと、ば、で、つたえ、る……って、、うっ、……うぐっ……

 (詠、詩織を抱きしめる)

詠:(※より近い距離で)詩織さん……っ!

 (詠も泣いている)

詩織:……そんっ、な……だき、し……めた、ら、くるし、い……。

詠:俺っ!俺、どうしようもなく、詩織さんのことが好きです!愛おしくて愛おしくて堪りません!

詩織:……っ、こ、んな、、けっ……かん、ひ、ん(欠陥品)の、おん……な、どこ、が……いいの、よ。

詠:俺にとって詩織さんは、欠陥品なんかじゃありません。
……綺麗で、可愛らしくて、愛おしい、そんな素敵な女性ですよ。

詩織:……ば、か、ぁ……(泣いている)

 (やがて泣き止む詩織、落ち着いてベンチに座っている)

詠:……少し、自分語りをさせてください。

詩織:(※無言で頷く)

詠:俺、それこそ物心ついたばかりの頃に両親を事故で亡くしていて。
……まあ、それ自体は良かったんですけど。
親戚の家をたらい回しにさせられた挙句、施設に預けられることになって。
……「愛」って、知らなかったんですよ。
だから、探し求めていたのかもしれません。

 (少し間)

 (筆談に戻る詩織)

詩織:『浮気しないでね。』

詠:あはは。早速ですか。しませんよ。
……詩織さんが、詩織さんこそが、やっと見つけた「愛」なんですから。

詩織:『ありがとう。私に価値を見出してくれて。』

詠:……こちらこそ。俺に、「愛」を教えてくださって、ありがとうございます。

詩織:『教えたつもりはないけどね。』

詠:あはは。でも俺は、詩織さんから十分に教わりましたよ。

詩織:『そっか。』

詠:そうです。

詩織:『でも、おかしなもんだね。ワンナイトの関係から始まって、お互いの事こんなにすきになっちゃうだなんて。』

詠:それは……。俺と詩織さんが、どこか似ていたからじゃないでしょうかね。

詩織:『似ていた、か。なるほど。少し納得いったかも。』

 (少し間)

詩織:『あのね。私、きちんとリハビリに通おうと思うんだ。今までは何もかも投げやりになってて、治療なんてする気起きなかったんだけど。』

詠:え?それまたどうして?俺は、今のままの詩織さんでも大好きですよ。

詩織:『さらっと照れくさいこと言わないの。』

詠:す、すみません……。

詩織:『あのね。今はまだ全然ダメだけど、いつかこの口からきちんと詠くんに、「愛してる」って伝えたいから。』

詠:(※嬉しそうににやける)

詩織:『何にやけてるの?』

詠:いや?純粋に嬉しいなと思いまして。

詩織:『私のこと、愛してる?』

詠:もちろんです。愛してますよ。詩織さん。どんなあなたも、ずっと。

◆終幕◆


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