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調査の軌跡 (月曜日の図書館137)

ずーっとほしかった透明のビニールバッグが、とうとう通販サイトに入荷された。これで新しいものに替えられる。

郷土資料コーナーにはカバンが持ち込めない。希望者には中が見えるビニールバッグを貸し出して、貴重品や筆記用具を入れてもらっているのだが、今あるものはあちこち破けてテープで補強してあり、みっともないことこの上ない。財布を入れたら裂け目から落ちたと言われたこともある。

材質上、長くは保存し続けられないから数個あればいいのに、10個単位でしか売っていないところが憎い。ストックしたまま忘れないように気をつけねばと思う。

昨日も事務室を漁っていたら、ナンバリングスタンプがいくつも出てきた。パソコンで打ち出せるようになるまでは、これをひとつひとつ押して本のラベルを作っていたのだ。買った人はこれから先も一生手押しで作り続ける未来しか描けなかったに違いない。

インクがこびりつき、そこにほこりが絡まったスタンプの持ち手には、ネームランドで「現役」と書いて貼ってあった。

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昨日30分くらいカウンターで「マスク不要論」を展開していたおじさんが、今日もやって来て全く同じことを言っている。あれ?もしかしてずっと昨日が続いている?あるいは悪の組織にちょっと連れ去られたおじさんが、記憶を初期化された?

休憩中に青空文庫を斜め読みしていて、思いがけず山椒魚の調理法を知る。すっぽんとフグの合いの子のような味で、とてもおいしいらしい。

今度レファレンスで山椒魚の食べ方が知りたいと言われたら迷わずこの本を手渡そう。

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ほとんどの人が、図書館のカウンターでこんなふうに尋ねていいのだと知らない。マスク不要論は別の場所でやってほしいが、山椒魚の食べ方なら堂々と聞いてほしい。別に天然記念物だから食べちゃだめです、などと非難したりはしない。

そのことをもっと知ってもらおうと、SNSを使って発信していくことになった。実際にもらった質問と、その答えを短くまとめて紹介するのだ。

フォロワー数の少ないアカウントから発信して、どのくらいの効果があるかは未知数だが、いつもよりはよくいいねをされてる気がする。もっとも、いつもが2とか3いいねなのだが。

課長が「いいね」のことを「ええじゃないか」と言うのでいっきにSNSが無法地帯と化した。

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本当はずっとレファレンスだけをやっていたい。けれどわたしたちは大物俳優ではないのだから、ほしいものがあったら自分でアスクルに注文しないといけないし、プロモーションも自分でやらないといけない。

図書館に出入りする業者さんだって、営業と、実際に製本してくれる人は違うのに、図書館ではそのどちらも同じ人間がこなしている。営業については素人な上に、ろくな市場調査もせず、山椒魚の食べ方を紹介したら面白がられるに違いないと思って投稿する。

たくさんの人が興味を持つ質問とは何だろうか。

図書館で働いていると、全部の質問が面白い。ヒドラの飼い方が知りたいというのも面白いし、どうしたら恋愛がうまくいくようになるのか知りたいというのも面白い。

どの事典を見るか、どの分類から探すか、本より雑誌の記事がいいかもしれない、ネット上にデータベースがあるかもしれない。質問の内容によって、どの角度から調べるかを考えるのが楽しいし、同じ質問でも人によって調べ方/受け止め方に違いが出るのも楽しい。

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何より、本で得られたことだけが正解の全てじゃないところが最高だと思う。実際に飼ってみたら、本の通りに育てても死んでしまうヒドラなんていくらでもいるし、恋愛なんてもっとうまくいかない。

それを見越して、それでもなお、調べて、備え、自分色の下地を作っていく営み。調べ物は、エビデンスという無味無臭のものを追い求めているようでいて、実に泥臭い行為なのかもしれない。

山椒魚のお腹を裂くと、それはそれは芳しい山椒の香りがするそうだ。

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