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春のたまごと春の猫。ときどき、犬。


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小さな猫の星、モンシェリネコ。
三つの国のうちのひとつ、はぐれ猫が集うサーカスの国の物語。

「うふふ。生まれたら何て名前をつけようかなあ」
ピエロ猫のコマコは、天鵞絨のような毛並みがいちばんの自慢。
今は、その柔らかなもふもふのお腹に、なにやら派手なたまごを抱いています。
おやおや。コマコは男の子じゃなかったかしら。
「こんなに綺麗な模様だもの。きっと、とびきり珍しい鳥が出てくるぞ」
そうしたら、敬愛する先輩ピエロ猫、コハクさんにプレゼントしよう。
弟分の新米団員まろは、きっとびっくりしてぴょんぴょんジャンプするに違いないぞ。
想像しただけで愉快になり、コマコは「うふふ」とまた笑いました。
「道端に落ちてた可愛いたまごちゃん。早く君と会いたいな」
赤や黄色やオレンジ色で、星と、ぐるぐると、お花が描かれた不思議なたまご。
出てきた鳥の羽は、はたして何色になるのでしょう。
四月の陽気にふさわしい、優しくてぽかぽかのひなた色になったらいいな。
日当たりのよい窓辺の下で、コマコはうっとり想像を巡らせるのでした。

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結論からいうと、たまごは孵りませんでした。
なんと、ゆでたまごだったのです。
たまごのからに絵を描いたちび猫が訪ねてきて、「これ、お母さんにあげようと思って作ったの。拾ってくれてありがとう」とお礼を言いました。
たまごを探してちょうど窓の下を通ったとき、コマコのひとりごとが聞こえてきたのだそうです。
「今日は春の復活祭でしょう? だから、一生懸命に模様を描いたの」
コマコが柄を褒めていたのを知って、ちび猫は誇らしげに帰っていきました。

「ひなた色の鳥じゃなかった……」
コマコは、がっくりと肩を落とします。
春の復活祭なんて、全然知りませんでした。ゆでたまごに絵を描いて、あちこち隠したり飾ったりするなんて、そんなのやったことがありません。
せっかく、コハクさんにあげようと思ったのに。
たくさん、名前も考えたのになぁ。
「はぁ……」
ため息をついた瞬間、コマコは夕暮れの光にきらきら反射するものを見つけました。
それは食器棚の奥、いつもコハクがおやつを用意しておく場所からです。なんだろう、と覗き込んでみると、お皿の向こうに金色のたまごが隠れていました。しかも、ただの金色ではありません。青い小さな金平糖が、いっぱい描かれています。
「わあ、すごくかっこいい!」
コマコはすっかり嬉しくなって、尻尾をびりびりっと震わせました。
あたりを見回すと、あちこちにもぐりこんだたまごがいっぱいあります。
拾ってきたたまごを温めるのに夢中で、ちっとも気がつきませんでした。
「わあい、わあい」
赤いイチゴ、水色のリボン、ピンクのふくろう。
みかん色の音符、むらさきの宝石、草色の羊。
そうして――。
最後に見つけたたまごには、黒糖色のまろとミルクティー色のコハク。
それから、雨の降った日の空色をしたコマコの三匹が描かれていました。
「みんな一緒だ!」

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もう、誰が用意したのかすっかりわかります。
コマコは慌てて、集めたたまごを元の位置へ戻していきました。コハクとまろが帰ってくる前に、ぜんぜん知らなかった風を装わねばなりません。
実際、去年まで復活祭なんてコマコに関係ありませんでした。
だけど、今年はコハクとまろがいます。一緒に復活祭を楽しむ家族がいるのです。
「急げ!急げ!」
こんな風に、毎年新しいことが増えていくんだな。
コマコは、たまごを抱えながら思いました。
それは、切ないくらい嬉しくて、とてもわくわくすることでした。
「ただいまあ」
やったあ、間に合った!
金色たまごを食器棚の奥へ押し込んだとき、まろとコハクが帰ってきました。入ってきた二匹の目は、悪戯っぽく輝いています。
笑ってしまうのをこらえながら、コマコは「おかえりぃ」と元気よく答えました。

                             おしまい。


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