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知らぬ間に愛と青春の沼に溺れてた話

今回は、ワタクシが宝塚歌劇団の底知れぬ沼にハマり、手遅れになっていたという話をします。

ムラ改め、正真正銘の底なしのヌマ

兵庫県宝塚市栄町には、宝塚大劇場なるヅカオタ的メッカがございまして、通称は「ムラ」。

タカラヅカという概念はただただ「ヌマ」であったことを伝道すべく、ワタクシはこのnoteを書いていますが、侮ると本当に痛い目に遭うのでご注意。

私は齢十六で、この恐ろしい沼へ足を踏み入れてしまい、その後永遠に抜けられる気がしない。

第1幕の「出会い」は、前回の記事でご紹介したので、

今回は、沼と生きる人生 第2幕「ときめき」、第3幕の「熱狂」をご紹介したい。

第2幕「ときめき」で夜も寝られぬ日々

/ ニーブラッ! \

(何のことはない。録画の見すぎで、物理的に眠られないわけです。)

宮城県仙台市で生まれ育ち、宝塚歌劇団と無縁の生活を送ってきた私は、ヅカ情報ゼロベースからのスタート。

WOWOWさん招待シリーズ、「オーシャンズ11」星組公演を見た後、ほとんどの情報はスマホから、都度Wikipediaに訊ねる日々。

リニューアル前のHPからリアルタイムで所属している生徒さんの情報を片っ端から叩き込み、軽く、歩く『宝塚おとめ』(生徒情報が網羅されている、年刊の公式生徒図鑑)状態だった。

そんな中、現状では獲得しうる情報はほとんど手に入れていた私はなんだか物足りず、さらなる接触を渇望した。

ある日、どうやらCS番組のタカラヅカスカイステージというチャンネルがあるという情報を独自に手に入れたワタクシは、スカイステージが毎月第1日曜日が終日無料放送であるということを知り、毎月欠かさずに録画をして視聴し続けた。

当時のスカイステージ無料放送日に放映されるのは、大概が私が生まれる前・生まれて間もない時期の公演であり、リアルタイムで所属している生徒さんがほとんどいらっしゃらない、あるいは研究生1年目等の新人だった。

そのため、私を沼に誘ったのは、実質昭和~平成初頭のジェンヌたちだった。

歌が上手く心地がいい。独特な演技の癖にやみつき。よりクラシックな舞台化粧と立ち居振る舞いが、至高の芸術品に思えた。

その時代の、特に宝塚歌劇団のお家芸、グランドロマン「ベルサイユのばら」シリーズなんかは、私を簡単に洗脳した。

(運命、それはまるでオスカルとアンドレ、フランスと市民革命)

ベルばらの存在は何となく知っていたし、『ガラスの仮面』や『王家の紋章』を母が懐かしがって漫画を読んでいた影響があり、ドラマチックなものや史実系少女漫画には一切抵抗がなかった。

タカラジェンヌが演じる各キャラクターは、まさに少女漫画から飛び出してきたような風貌と振る舞い。私はベルばらシリーズを視聴するたびに、「これが夢を売るということなのだなあ…」と感動したのを覚えている。

ベルばらシリーズ、オスカルとアンドレ編は、組の男役スターのコンビでオスカル、アンドレが演じられる。

私のお気に入りは1989年公演でアンドレ役を演じた、雪組トップ男役スターの杜けあきさん。ちなみに、オスカル役は二番手の一路真輝さん。

同郷出身という点でもかなりアツかったのだが、なんといっても気品のあふれるお顔立ちに、低音ボイス、のびやかな歌声と耳にやさしいセリフ回しに酔いしれていた…。

(オタクあるある、推しの絵を描きがち)

私の第一推しは、杜けあきさんだった。

第3幕「熱狂」

しばらくはLINEのアイコンをけあきさんの画像に設定し、オスカルとアンドレ編は杜×一路バージョンのセリフを丸暗記し、教室では完コピベルばらごっこをして楽しんでいた。その際、親友に盗撮されているとは知らず、後々クラスのグループLINEで共有されてしまったのだが(いじめられてないです。アップしたヤツはいまだに人類一仲良しのフレンドです。)その後もしばらくはめげずに、ひとりベルばらを上演し続けた。

その他、ジェンヌを意識しているのがバレバレな振る舞いや、地学の先生(男性)の雰囲気があるジェンヌに似ているからと言って、やけに張り切って授業を受けたり、とにかくわかりやすいオタクに育ってしまった。

周りが見えなくなるタイプ。つまり、狂うほどの愛が私を奇行へと導いていた…。文字通りの熱狂である。かなり痛いヤツ。

第一推しである けあきさん も好きであることには変わりないが、その後にだんだんと当時の時期に近い公演も真剣にみるようになり、伝統を保ちつつモダンな雰囲気があふれるタカラヅカの魅力に触れた。

そして、高3の秋。大学お受験のシーズンのころであるが、私の熱狂っぷりに見かねた母がこっそりと、宙組地方公演「ベルばらーフェルゼンとマリーアントワネット編ー」のチケットを用意してくれていた。その日だけは受験勉強を忘れて、非現実世界への招待を許されたのである。

これが、人生で初めてのタカラヅカLIVE体験だった…。

(観劇前後の私の気持ちもこんな感じ)

LIVE経験後の熱狂は案の定加速した。大学受験の志望校の志望理由の8割は

東京に近くて、東京宝塚劇場にいつでも通えるから、だった。

タカラヅカへの愛と執念で最後の模試でD判定だった志望校に合格し、念願かなって上京を果たした。始発電車に乗って通った数え切れぬほどの立ち見と、通常観劇を重ねた私は、立派なオタに育った。

青天井オタクの今

現在は、忙しさを理由に当時ほどの観劇ペースを保てていないのだが、いつも心の奥に大切にしまっているヅカオタ精神。たまに芽を出して、私を鼓舞してくれる。

私にとって「タカラヅカ」とは、病めるときも、健やかなるときも、いつも私に夢を見させてくれる存在である。

この場を借りて、感謝をしたい。

なんか臭くなっちゃった。ヅカオタあるある。

当時、青春を追いかけていた自分は輝いていた。

青春=タカラヅカ

と即答できるくらいにハマっていた。私はその時の私が大好きだ。

当時の感覚が欲しくて、今改めてタカラヅカを捉えなおしたい、と思ってこのnoteを書く。自分たちだけでなく、誰かをも輝かせることができる存在は、めったにない。けど、人の数だけある。それを見つけることができた私は幸せ者だったのだと、思わず感慨深い…。

全国、全世界のヅカオタが報われんことを祈って。




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サポ―トしようかどうか迷っていただき光栄です!でもとりあえずチケットをお買い求めになって、さあ、沼へようこそ!

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デジタルマーケティングの会社 トライバルメディアハウスの22才新卒、全人類の後輩、マーケターみならい。 ヅカのある人生、語ります(実験中)。だいたい月曜更新🌙 IG: @____m.o.n____
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