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「好きになるのは自由だ」と教えてくれた人は「好きの苦しさ」は教えてくれなかった

昔、誰かが言った「好きになるのは自由だ」という言葉に、縛られて息苦しくなることがある。「好きになるのは自由だ」という言葉に間違いはない。だけれど、その人は「好きになることの苦しさ」までは教えてくれなかった。

昔読んだ絵本はすべて、お姫様はすてきな王子様と結婚をして、幸せに暮らしましたと書かれていた。いつだって好きになった相手とは結ばれて、ハッピーエンディングが待っていると、心の奥底で願っていた。

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少しだけ大人になったわたしは、いろんな人に恋をした。恋をしているときは、すべてがキラキラして人生が楽しいと思えた。朝起きたときは「今日も会えるかな」、昼休みは「すれ違うかな」、帰るときは「一瞬でも会えるかな」、寝る前には「明日こそ話せるかな」。そうやって一日中、頭の中は好きな人のことでいっぱいだった。

だけど、頭の中でいくら願っていても、現実はそう上手くいかない。なかなか会えないし、話せないし、むしろ、わたしが存在していることさえ知らないのかもしれない。彼の人生の台本にわたしは通行者Aという役すら貰えていないのかもしれないと、悲しくなることだってあった。

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誰かが昔「好きになるのは自由だ」と言ったせいで、わたしは全力で人を好きになった。だけど、その人は「好きと一緒に来る苦しさ」は教えてくれなかった。それは、同じ「好き」同士である恋人に昇格したあとも、同じだった。

「好き」はなにもかもすべて解決してくれる、特効薬みたいなものだと思っていた。「好き」じゃなければ許せないわがままも、おねだりも、譲れないことも、寝起きの顔だって可愛いとすら思えるものだと思ってた。全部全部「好き」が解決してくれるものだと思っていた。

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違う。「好き」だから、言えないことがある。「好き」だから、傷付けたくなくて声に出せないことがある。「好き」だから、わたしが我慢すればいいと思ってしまう。

「好き」だったはずなのに、幸せじゃない。「好き」なのに、「好き」を守ろうとして、ボロボロになる。「好き」なのに、どんどん苦しくなる。


ねえ、確かに「好き」になるのは自由だね。だけど、こんなに犠牲にしなくちゃいけないことが多かったなんて、知らなかったよ。なのに、一度「好き」の幸せを知ってしまったら、中毒のように「好き」を求めて、わかっているのに傷ついて、苦しんで、同じことを繰り返して身を削っていくんだね。

「好き」ってむずかしいね。でも、やめられないんだね。

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「her/世界でひとつの彼女」は今にも起こりそうでドキドキしました📱
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良い子に取り繕ってきた人生だったので、心の中をすべて曝け出します。元旅行会社OL→パワハラ・セクハラでフリーランスに。言葉を綴るよりもたくさんのネタが浮かぶので、一つでも多くのネタを言語化するためにフィクションとノンフィクションがごちゃ混ぜのエッセイを書いています。