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素敵な店主が営むうどん屋さん

いきつけのうどん屋さんが経営難に陥っているらしい。

肩の荷が重い。それに呼応するように腰も胸も痛くなってきた。最近よく雨は降るわ、やけに暗い話は多いわでもう色々と体調以外の面でもガタが着始めている。
すると当然「おい、会社の同僚は言ってたんだけどよ。あのパチンコ屋さんに並列で入ってるスープも麺も旨いうどん屋さん潰れる一歩手前らしいからさ、ちょっくら行ってみようぜ」と、いつものようにパソコンの前でだらだらと過ごしている僕にむけてパンツ一枚、上半身裸で告げる父。正直行きたくないけど、僕個人としても思い出の味である、うどん屋さんが潰れそうというニュースは衝撃的な物である。何しろ僕が住む街の中ではトップクラスで旨く、特にきつねうどんとかつ丼のセットは格別だ。ジュルリ、唾を飲む。そして父の眼を見て一言、行きますっ!

着回し続けたパジャマを脱ぎ捨て、部屋に積み重ねられた洋服から適当に引っこ抜き久しぶりに鏡を見て準備おっけい。寝癖は実験に失敗した博士のように爆発しているが学校に行く際にもこんな感じなので気にしない。玄関の方から「おい、行くぞ~」というじゃがれた声が聞こえ、ダッシュで階段を駆け下りる。はぁはぁ息が上がり、ここ数週間の怠惰な生活の付けが出始めているという実感と生活の崩壊を体で感じとる。とはいえ良い感じにお腹の容量を開けれたのでラッキーだなと思いながら、靴を履き親子そろって鏡の前へ「あまえダサいぞ笑笑」の定型文。知ってますのお決まりを越えて僕ら街へ繰り出した。

平日のような休日のような、変わらぬ日常。でも道路を行く車の数は思っていたよりも多く、親子共々普通の休日じゃんと道端で吐き捨て歩いてく。。今日の僕の街は立派な休日です。なるべく人を避けて歩き、しっかり家から持参したマスクをつける。桜子道を通り過ぎて、うどん屋さんがある大通りに向けて歩みを進めていく。やはり外を歩くのは気持ちは良い。少し顔を上げれば清々しいほどの青空や服や髪を撫でるように吹き抜ける心地の良い風。これが良い。こんな日久し振りだ、などを思いながら他愛もない会話を父と繰り広げては少し立ち止まってありきたりな風景を写真で撮る。二人とも新世界にでも来たのかと言わんばかりに写真を撮ったところで、父が僕のほうを向いて指をさす。そこには『うどん屋、空いてます」の札を掲げた中年のお兄さんが立っていた。やっと着いた。

店内は閑散としてしていた、それをより引き立てるように80年代初頭のラジオで掛かっていそうな何処か物寂しさを感じさせるBGMが流れており、何となく店主の心模様がこちらに移ってきてしまいグッと哀しみが募る。よし、今日は食べよう、と父。やはり思うことは同じなようだ。
カウンターに座り、決まったメニューを店主に告げる。今日はありがとうございます、と店主が僕らの注文を聞き終えたあとに付け加え、厨房に戻っていく。そうだ、そうだこのうどん屋の店主は物凄く良い人なのだ。前回来たときは時間ギリギリに来た僕ら家族に対して最後のお客様なのでおでんのサービスをくれたことを思い出した。そのほかにも赤ちゃん連れの家族にはすかさず赤ちゃん用の椅子を提供してくれたり、お年寄り連れには良く話しかけてお帰りになる際にはお手を取って店の出口まで付き添ってあげる。
本当に良い店、そして最高の店主なのだ。

ぼーとする暇もなく店主が「おまちどうさん」の一言を添えて、朗らかな笑顔できつねうどんとかつ丼、親父の方には肉うどんとかつ丼を持ってきてくれた。僕らはそれを口に流れるように麺からスープへ、カツからコメの一粒も残さないように掻っ攫っていく。ほんの数分で食べ終えてしまった僕は感傷に浸りながら、空っぽになった器を眺め、潰れてほしくないと切に思ってしまう。やっぱり変わらずに旨く、辛い状況なのに笑顔でうどんを運んでくれる店主を思うとつらい。4つの空いた器。

「じゃあ、でるとするか」

「うん、そうだね」

僕らは席を立ち、随分年季の入ったレジスターの備えた机へと向かう。そこへ店主が颯爽と現れて一言「今日はありがとうございます。実はうち、このままの状況が続くと店を閉めなきゃならんのですよ。なので良かったらまた食べに来てください、なんせ今、うちは人が少ないから密にはなりませんからね」口角を震わせながら言い放ち、父の掌にお釣りをそっと置く店主。

「美味しかったです、絶対また来ます。それまで頑張ってくださいね」
父が感謝と約束を店主に投げて僕は「絶対いきます!今日も美味しかったです!」と告げ店をでた。

普段はパチンコ帰りの人や僕らのような家族連れで溢れる素敵な店なのだが、このご時世なのでパチンコ屋さんは閉まり、人々はいえで過ごすことが多くなっている影響で経営難になっているらしい。僕の大好きな店。体が熱くなっている、きっとうどんのスープを一気飲みしたせいだろう。春の風が頬に当たる、尋常じゃないほど気持ちが良い。僕らは迷いもなく真っ直ぐ帰路に着いた。

おそらくこのような現状が日本中で多発しているのだろう。まったく恐ろしい話だ。僕には何かをする力はないし現状を打破する知恵もない。ただ一つあるとしたら記憶し、それを書き起こしてネットに流すことぐらいだ。
いまはそんな力しかないことを許してほしい。申し訳ない。
そしてまた引き籠り生活に戻ること生活習慣の破綻が加速していくことも許してほしい。自分の体よ、申し訳ない。

そして今は、あの素敵な店主が営むうどん屋さんが潰れないことを切に願うばかりである。なんたってまた行きたいからね。

毎日マックポテト食べたいです