『バナナブレッドのプディング』大島弓子

少女漫画版「ライ麦畑でつかまえて」

「きょうはあしたの前日だから、だからこわくてしかたがない・・・」少し変わった女子高生三浦衣良。両親はそんな彼女を持て余していた。幼なじみの御茶屋さえ子は衣良に、ボーイフレンドをつくるように言うのだが、衣良の理想は"世間にうしろめたさを感じている男色家"。さえ子は衣良の理想に沿うような男性を探すのだが・・・?思春期の少女の揺れる心を描く、表題作「バナナブレッドのプディング」他短編3作品を収録。
バナナブレッドのプディング (白泉社文庫)


社会から落っこちそうになっている少女の物語。ホールデン・コールフィールドは高校を辞めて精神病院に行ったが、衣良はまさに崖っぷちのところでキャッチしてもらえる。
唯一の理解者だった姉が結婚を機に家を出てしまい、情緒不安気味の主人公・衣良は、両親が精神鑑定受けさせようか悩むくらい繊細な女の子。
・女子高生になっても一人で公園に行って草を編んで遊ぶ。
・側で歌ってもらわないと夜トイレに行けない。
・薔薇のしげみと話をするために一日中真冬の庭で待機する。
小学生ぶりに再開した衣良の常軌を逸した様子を心配した幼なじみが「恋人を作ればいい」とアドバイスする。
衣良の理想の相手は「世間に後ろめたさを感じている男色家の男性」(自分の好みではなく、そういった人が生きやすくなるように手伝いたいという使命感から)というので幼なじみは自分の兄・御茶屋峠にゲイのふりをさせて衣良と結婚させる…という物凄い超展開が冒頭から繰り広げられる。
話の筋だけで見ると偽装カップルものだけど、『「ゲイがストレートを偽装するための結婚」を偽装するための結婚』みたいなややこしい二重構造になっている。結局中盤でバレて衣良は御茶屋峠を離れ本物の男色家と生活するようになってしまう。
そっから色々ありすぎる。
とにかく御茶屋峠がいい人だった。衣良の突飛な話もまず、一旦聞いて自分なりにそれとなく合わせてくれる優しさ。プレイボーイで偽装結婚を嫌がっていたのに、きちんと衣良の繊細さを慮っての行動や言葉選びをするのがかっこいい。
結局、御茶屋峠の圧倒的な受け止め力のおかげでダークサイドに落ちそうで落ちなかった衣良。衣良の理想の相手としていた「後ろめたさを感じている男色家」というのも、絶対に自分のことを好きにならない相手=真剣に人を好きになるのを恐れていることの裏返しになっている感じ。
本当に崖っぷちのときの衣良に御茶屋峠が語りかけるシーンがやっぱり何度読んでもいい。
思春期特有の「自分は誰にも理解されないし、他人を傷つけてしまう」みたいな絶望をそっと癒してくれるような救いの言葉が泣ける。
ある意味、衣良の苦労は実生活の重さから離れたところにある抽象的な問題なので「普通にやっていける人」には理解しがたい。
それなのに、御茶屋峠が完璧に衣良を救うことができたのがドラマチックなんだと思う。

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