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至福の一瞬

こちらは、私とちよこさんでお届けする、マジカルバナナ的リレー小説になります。
ちよこさんからのバトンは、この小説のタイトル、「至福の一瞬」になります。


◇◇◇

金曜日の仕事帰り。
おなじみの居酒屋で、生ビールのジョッキをカチンと合わせた。

「かんぱーい!」
「乾杯!」

キンキンに冷えたビールを、喉に流し込む。

「おいしい!」

ゴクゴクっと、私が喉に流したビールは、ジョッキの三分の一。
でも、一緒に乾杯をした健太のジョッキは、半分以上のビールがなくなっていた。

「やっぱ、これだよな、これ」

幸せそうに目尻を下げながら、健太はジョッキをテーブルの上に置くと、すぐに店員さんに声をかけ、おかわりのビールを注文していた。

「もう、早すぎじゃない?」
「そんなことないって。ほら、何食う? 早く頼もうぜ」

お通しの枝豆をひとつつまみ、再びジョッキを持ち上げる。
健太のジョッキは、乾杯をしてすぐに空っぽになるのがいつものことだ。

健太と私は、今から一年ほど前に知り合った。
同じ部署に配属された同期。
他部署や他の支店にも、同期はたくさんいたけれど、いつのまにかこうやって飲むのは、ふたりきりのことが多くなっていった。

ふたりで過ごす時間が、長くなればなるほど、胸の中がきゅんと締め付けられる。
金曜日の夜、どちらかが出張だったりしなければ、私たちはいつもふたりで同じ時間を過ごしていた。

だけどそこに、甘い雰囲気は漂わない。
こんな風にふたりきりの夜を毎週のように過ごしてはいるけれど、たったの一度だって、間違いが起きることはなかったし、日付変更線をまたぐようなこともなかった。

「焼き鳥セット食べたい」
「相変わらずだな、優里は」
「健太も好きでしょ?」

健太は頷くとすぐに、焼き鳥セットとトマトサラダ、チーズチヂミを注文した。

「優里って、ビールより好きなものあるの?」
「うーん、ビールは特別だけど、ジントニックとか、ディタオレンジも好きだよ」
「ふーん、いつもビールしか飲んでないから、ビール以外飲めないのかと思った」

健太のジョッキが空っぽになるとすぐ、まるで見計らったかのように、追加で頼んだビールが運ばれてくる。

「金曜日、仕事帰り、優里とふたりで飲むこのビールは、最強だよな」

健太は嬉しそうに運ばれてきたばかりのジョッキを口元に運んだ。

「うん、最強だよね。金曜日、仕事帰りのビール」

頷いて、私もビールを口元に運ぶ。
すると、健太は大きく首を横に振って、私が飲むのを制止した。

「違う、それじゃ最強じゃないんだって」
「え?」
「まーじ、優里って、最強に鈍感」

コツンと、健太のゲンコツが、私の額に触れる。
まっすぐに私を見つめる視線は、いつもより真剣に感じられた。

「どういう意味?」
「仕事帰りのビールはうまい」
「うんうん」

頷くと、健太はまたビールを口にする。
いつもは、ほとんど顔色の変わらない健太だったけれど、珍しく酔っているのか、少しだけ頬が赤く感じられた。

「それが金曜日の仕事帰りだったら、さらにうまい」
「そりゃそうだよ。明日休みなんだもん、最強でしょ?」
「だけどな」

タイミング悪く、私たちの会話を遮るように、注文していた焼き鳥とトマトサラダが運ばれてくる。
店員さんがそれらを置くのを横目に見ながら、健太はビールを飲んでいた。
気づけば、まだ一杯めの私と、二杯めの健太のビールは、残りが同じくらいだった。

「大丈夫? ちょっといつもより、ペース早いんじゃない? 顔赤いよ?」

健太の頬に触れると、健太は私の手首をガシッと掴んだ。

「金曜日、仕事帰りのビールも、優里が一緒じゃなきゃ、こんなにうまくない」

まっすぐな視線を逸らせない。掴まれた手首からも、熱が伝わってきた。

「それって、どういう意味?」

答えはきっと、ふたつにひとつだ。

友達として、同期として、気兼ねなく過ごせる相手だから。
それとも、私と同じ気持ちでいてくれるの?

手首から伝わってくるこの健太の熱を、信じたい。もっともっと感じていたいと思ってしまった。

「至福の時間だよな。好きなヤツと過ごす時間は。だから、大好きなビールで優里と乾杯する金曜日のこの瞬間は、至福の一瞬」

胸が熱くなって、健太に掴まれていない手で、私もビールジョッキを持ち上げる。
ゴクリ、と残りのビールを喉に流し込んで、私は健太を見つめた。

「最強の時間だね。私も同じ気持ち」

照れていて、素直には伝えられない好きって気持ちを、ビールと一緒に流し込んだ。

金曜日の夜はまだ始まったばかりだ。
私たちの恋路は最強。


◇◇◇

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2021.5.28

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いつか自分の書いたものを、本にするのが夢です。その夢を叶えるために、サポートを循環したり、大切な人に会いに行く交通費にさせていただきます。