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じぶんの時間を感じるスイッチを押す ー メリーゴーランド増田喜昭さんにきく物語の力(前編)

三重県四日市市で42年続く「子どもの本専門店メリーゴーランド」。本屋の扉を開けると、座りこんで本を読みふける子どもの姿が目に飛び込んできます。
 
遠方からも多くの人が訪れ、子どもからも大人からも愛され続けている本屋。その店主として、たくさんの人たちに子どもの本を届けてきた、増田喜昭さんへのインタヴューの前編です。

―増田さんが、『モモ』を初めて読んだのは?

増田:「メリーゴーランド」を開店したのが、1976年7月。その年の9月に『モモ』の初版が出版されて、翌年になって買いました。

―最初に読んだときは、どう思いましたか?

増田:非常に残念なのは、大人になってからこれを読んだことです。こうした哲学のようなことが、子どもたちに通じるのかなと正直思いました。でも、私の娘は桃子というのですが、『モモ』を読んで自分の本だと思っていたそうで、大人になった今でも大好きだと言っています。

『モモ』の精神が自分の中に脈々とあって、それが一人の女の子の人生を支えているということはあるでしょうね。

本は、読むたびに新しい。

―最近読み返されたときには、印象は変わっていましたか?

増田:このあいだも読み返しましたけれど、全然印象が違いましたね! もっとモモと仲間が話しているシーンがあった気がしたけど、全くない。

―私も子どもの頃読んだとき、もっと冒険するシーンがあった気がしました。

増田:そうでしょ! 自分でお話を作りながら読んでいるから、なんぼ読んでも、好きな場所が現れない。前に読んだときと今では、自分自身が変わっているから、本は読むたびに新しいんです。

―「メリーゴーランド」でも、たくさんの人が『モモ』を手に取ってきたのでは?

増田:本屋を始めた頃、『モモ』がものすごく話題になって、まず大人が買っていきました。子どもたちが読むようになるまで、うちの本屋では4、5年かかったかな。当時は、バブルで、忙しいのがかっこいいという時代だった。そんな中で大人たちは『モモ』に衝撃を受けたんだと思います。

親たちは、子どもたちの行く先を保証してあげたい。その幸せの元は、いい学校を出て、いい収入を得て、安定した生活を送ること。そんなの何も面白くないのに、それがいいと自分に言い聞かせて、「早くしなさい」「こうしなさい」と子どもたちをせかす。それは、完全に「灰色の男」にやられているよね。そういう人でも、本を読むと、「そうじゃないんだ」と一瞬思うわけ。

じぶんの時間を感じるためのスイッチを押す。


―たしかに、物語の世界をくぐりぬけると、世界が少しだけ違って見えるようになる気がします。

増田:読んだときには気づくけど、またすぐ戻ってしまうよね(笑)。だから、どうしたらいいかというと、本を読み続けたらいい。『モモ』に会い続けたらいい。

本を読んで、自分の目が開かれるように感じるところに、その人らしさがある。『モモ』がおもしろいんじゃない。『モモ』を読むその人が、『モモ』の中におもしろさを見出せる人なんです。

―『モモ』を読んだとき、特に心に残ったのは、宇宙の向こう側から「時間の花」が咲く場面だったんです。それを読んだとき、自分が生きている時間は太古の昔からつながっているという感覚になりました。

増田:『モモ』は、じぶんの時間を感じるための装置なのかもしれない。ただし、忙しい人はそのスイッチがすぐに戻ってしまう。戻った人は、また読めばいいんです。これは、僕が1977年に買った本ですが、とても丈夫にできている。だから、僕らは一生のうち、モモに何度でも出会ってもいいんです。 

増田:今は、何もしない時間をもつことすら難しい。例えば、満員電車で本を読んだり音楽を聴いたりしている人をみると、本や音楽の中に自分の身をおくことで、なんとか自分の宇宙を保っているように見える。

そうでなければ、人はひとりではいられないくらい寂しいと思います。アパートに帰って寂しくてしょうがないから、誰かにメールをしたりする。そういう人がいたら、「ここに本がありますよ。とりあえず、読んでみませんか」と言いたいです。

                           (後編に続く)

2018年11月3日-4日には、増田喜昭さんらのゲストを招いたプログラム「物語とわたしをめぐる旅ー秋の黒姫で、モモを語る2日間」を長野県信濃町で開催します。詳細はこちらから。



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