見出し画像

自分に旅の時間をプレゼントする。 ―寺井暁子さんにきく豊かな時間のつくり方

今回お話を伺うのは、寺井暁子さん。寺井さんは、世界約100カ国の人々と繋がりをもち、旅をしながら、作家としてそこで見つけた物語を伝えてきました。
かつての仲間を訪ねて世界を回った1年間の旅の記録『10年後、ともに会いに』、マサイの長老と草原を歩いたときのエピソードを綴った『草原からの手紙』を本として出版されています。

また、寺井さんはご自身の子ども出産してからの日々を綴り、展示をするという試みもスタート。今回は、その展示会場に寺井さんを訪ねました。豊かな時間を生きることをまっすぐに見つめてきた寺井さんへのインタヴューです。

ずっと会いたかった人に、会いに行く。

―今回はゲストを引き受けてくださって、ありがとうございます。さっそくですが、寺井さんにとって『モモ』はどんな存在の本だったのでしょうか?

寺井:『モモ』は小さい頃に読んだことがあって、好きな本でした。大人になってからは特別な本になりました。

少し話がそれてしまうんですが、高校のときに世界の80の国と地域から来た同世代が、2年間共同生活を送るという学校に通っていたんです。アメリカのロッキー山脈の山奥の本当に何もないところにあったのだけれど、ずっと生活を一緒にしていたから、終わりのない時間の中で深い話をするということがよくありました。

大学もアメリカに残ったのですが、そこでも、住んでいたシェアハウスの仲間と川辺を散歩して喋ったり、庭で火を囲みながら対話したり。生活の中で、そういう時間の使い方が身についていたと思うんです。

―大学を卒業してからは日本に?

寺井:大学を出てから5年ほど東京の企業で働きました。最初は大企業に勤めていたのですが、そこではみんな当たり障りのない話をして、たまに家族の話やお互いが傷つかない程度のグチを言い合う・・・そういう会話に疲れてしまったんです。そうではなくて、あなたのことがもっと知りたい、あなたと私の会話が解き放たれたら何が生まれるんだろう、という気持ちが強くなりました。

そういう会話のために時間を使いたいと思って27歳のときに仕事を辞めて、1年間旅に出ることにしました。まずはずっと会いたかった、高校時代の友人たちを訪ねることにしました。

―そうして書かれたのが『10年後、ともに会いに』なんですね。

寺井:そうですね。旅行記というよりは、彼らの物語を分けてもらったときの会話の記録です。旅から帰ってきたときに、たまたま訪ねたクルミドコーヒーの影山さんから、本を出さないかというお話をもらいました。あれも不思議な会話でした。

原稿を読んだ影山さんが「『モモ』の物語を読んでいるみたいだ」と言ってくれたんです。そこで私も『モモ』を読み返してみたら、自分自身もこういう風に生きていきたいということがそこに書かれていました。

クルミドコーヒーが大切にしている本のひとつが『モモ』の愛蔵版で、それがすごくすごく素敵だったので、影山さんと話す中で、『10年後、ともに会いに』もこの本と同じサイズと厚さで作ろうということになりました。

相手との境界線がふっと消える瞬間。

―そこで寺井さんと『モモ』との深い結びつきが生まれたんですね。以前、寺井さんが「モモの日」という記念日を決めているというお話も伺いました。

寺井:27歳のとき、インドで活動しているNGOを手伝っていたことがあって。その視察ツアーで初めて夫と出会ったんです。

主要都市から目的の村まで7時間かかるような旅で、バンの中では、同じ車内の人と話すか、外を見るしかやることがなかった(笑)。でも、だからこそすごく豊かな時間が流れていました。

ツアーのある晩に二人で話していたら、急にすごく深いところに行き着いて、この人の芯に触れたな、つながったなと思う瞬間があって。それがきっかけで付き合うことになり、結婚しました。

毎年、付き合うきっかけになったこの日だけは終わりの時間を決めないで、ゆっくり食べてゆっくり話す日と決めています。私たちの間で「モモの日」と呼んでいます。

ー相手と深く対話をする時間が、忙しい日常の中では、なかなかもちづらいこともありますよね。

寺井:あらかじめ最初から終わりの時間を区切らないということがひとつのやり方かなと思っています。ひとつひとつの会話にはそれぞれに命があるから、それが全うされるための時間って、最初からはわからないなと。

人との会話は羽根つきみたいだなと思うことがあります。相手が宙に投げてくれた羽を落とさないように、そっとまた宙に戻すことを繰り返しているうちに、自分と相手との境界線がふっと消えてしまうことがある。たぶん私は、そういう瞬間のことしか人生の最後に覚えていないだろうなって。そのために生きているんだと思うんです。

旅人がもつ豊かな時間

―そうした瞬間を集めたのが1冊目の本だったんですね。そのあと、2冊目の本『草原からの手紙』を書かれたのは、何がきっかけだったのでしょうか?

寺井:2冊目の本は、もともとは夫の誕生日プレゼントのために作ったものだったんです。雑誌の企画にしようとマサイの村に取材に行ったんですが、記事にするときには削ぎ落としてしまうような、そこで出会った人たちのさりげないエピソードや言葉の方が美しいと思ってしまった。そういう自分の心が震えた瞬間を誰かに伝えたいなと思いました。その頃の私は、仕事で旅に出ることが多くて、結婚生活ってなんですかというような生活をしていたので、旅の報告で埋め合わせをしようと(笑)。

そしてその頃、1年間南米に行って、自分たちの時間をもつことも決めました。

―1人で旅をした1年とは別に、今度は2人で旅に出たんですね。

寺井:彼も10年間ずっとやりたい仕事をしてきたけれど、それだけじゃない生き方をしたいという話をしていたんです。メキシコとチリで「好きな人のそばで暮らすこと」をテーマに、数ヶ月ずつ過ごしました。

ー寺井さんにとって、旅に出ることはどんな意味があるのでしょうか?

寺井:私が旅をするのは、旅人だったら時間を豊かにもっているからなんです。
そこで暮らしている人は、ルーチンがあったり、その暮らしの中で守らなければいけないものがあったりする。一方で、旅に出ている人は、その時々で動きを決められるし、時間をただそのままの時間として使っていても罪悪感がない。

―確かに目的をもたずに「時間を時間として使う」のは当たり前のようで、日常の中では難しいです。

寺井:私は、「旅の時間」というものがあると思うんです。それが「暮らしの時間」と重なったときに相手の音色が聞こえてくるような豊かな瞬間が生まれる。

こちらは、その人のそばにいるということだけを決めておいて、時間だけはたっぷりもっているという状態で大事な人に会いに行きたいなと思ったのが、10年前の旅でもあり、南米の旅でもありました。

新しい輪郭をつくっていく。

―旅から日本に帰ってきて、変わったことはありましたか。

寺井:人との付き合いでは、終わりの時間を決めないようになりましたね。打ち合わせはできるだけ1日に1本にしようとか。

夕日があんまり綺麗だったので遅れてすみません、とか(笑)。
人の信用を失ってはいけませんが、できるだけそうした生き方をしていきたいと思っています。

―今回の展示では、お子さんが生まれてからの日々を言葉として綴られていますね。その中で、お子さんが生まれてからのジレンマも書かれています。

寺井:出産をして、自分の輪郭が一旦全部なくなってしまったような感覚がありました。娘との豊かな時間がある一方で、自分で自由に使える時間がなくなって、社会やコミュニティの中で以前のような役割を果たせなり、そのことにうまく折り合いをつけられない期間もありました。

娘との時間の豊かさを味わって、それを共有したいのに、大変さの方がみんなにわかってもらえるんじゃないかと思ってしまったり。実際、大変だったんだけど(笑)。今は自信をもって、豊かだと言えます。

―今回展示された言葉を見ていて、その豊かな時間を分けてもらった気がしました。

寺井:生まれたばかりの彼女は抱っこしないと移動できなくて、ある意味、わたしたちはまだ一つだという感覚がありました。でも、1歳の誕生日に歩き始めた彼女を見て、輪郭が分かれたなという気がしました。この人は、これから自分で歩んでゆくんだなって。

あの子にはあの子の時間が、私には私の時間が流れている感じがする。
ここからも変化しながら、私も新しい輪郭を作っていく感じがします。

2018年11月3日-4日には、寺井暁子さんらのゲストを招いたプログラム「物語とわたしをめぐる旅ー秋の黒姫で、モモを語る2日間」を長野県信濃町で開催します。詳細はこちらから。
公式ウェブサイト:https://momopj.jp/


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?