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“もうひとりの私”と一緒にバイトをした話

先日、『#私の不思議体験』という素敵なタグを見つけて、私の心はキュン!とときめいた。不思議体験!オカルト!大好き!せっかくなので、私もこの企画タグに参加させていただくべく筆を執ります。

“もうひとりの私”と一緒にバイトをした話

それは私が大学2回生の頃だった。当時の私は町の酒屋さんでバイトをしており、昼は店内で接客や品出し、夜はたくさんのお酒を車に積んで配達をしていた。

ある日のこと、私はいつものスナックから注文の電話を受けた。聞き慣れたチーママの声で、「中瓶2ケースと、それから『マイヤーズ・ラム』を一本お願い」。私は「この間のツケと併せて支払いお願いしますね~」と明るく伝え電話を切って、注文の品を集めにかかる。

そのスナックはどちらかと言うと安いスナックで、気性の荒いおっさんたちがワイワイガヤガヤと酔っぱらっては騒いでいるような店だ。そんな中、いつもひとりカウンターの端に座り、静かにショットグラスを傾ける初老の男性がいた。その男性がいつも飲んでいるのが、『マイヤーズ・ラム』だ。心の中では何のひねりもなくマイヤーズ・ラムのおっさんと呼んでいたが、その男性は他のおっさんたちとは違ってお尻を触ったりしてこないので、私は結構好きだった。

その『マイヤーズ・ラム』のおっさんのために、私は店の倉庫に向かった。小さな倉庫だし、私が毎日のように整理しているから、どの箱を開ければそれが出てくるのかは分かっていたが、念のためシミュレーションしながら歩を進める。

扉をくぐってすぐ、左手に積まれた箱の一番上に、1本だけあぶれた『マイヤーズ・ラム』が入っているはずだ。私はそう思い描きながら、扉を開けた。

その瞬間、私と誰かの目が合った。今日のバイトは私だけだし、店主は店内にいる……不審者か!?と思った刹那、私は気づいてしまう。その“誰か”の姿が自分自身にそっくりであることに。

エクステで腰まで伸ばした長い髪、よれたTシャツ、穿き古したジーンズ、汚れた前掛け、驚いて見開いた目、半開きの口、一番上の箱から1本だけあぶれた『マイヤーズ・ラム』を取り出して……どこからどう見ても、私だ。ただひとつ違うのは、向こうは色がなくモノクロであること。

私は息を呑んだ。ドッペルゲンガーを見たら死ぬ!長年蓄えたオカルト知識の中でも基本のキとも言える情報が、私の頭に響いた。ほんの数秒のことだったとは思うけれど、本当に時間が止まったような気がしていた。

静寂を破るように、私の背後をオートバイが通った。視界をヘッドライトに照らされて、一瞬何も見えなくなる。

光が消えたときには、もうひとりの私も消えていた。段ボール箱の上に、『マイヤーズ・ラム』を残して。

私は一瞬悩んだが、すぐに気を取り直して仕事に戻った。『マイヤーズ・ラム』は無事にマイヤーズ・ラムのおっさんの手元に届けたし、チーママは「今日もママがいないのよ~」と言っていつもどおりツケを増やした。私も、いつもどおりの日常に戻った。

そして何より、36歳を迎えようとする今年も、未だに元気で生きている。ドッペルゲンガーを見ても死なないのかもしれないし、そもそもあれはドッペルゲンガーじゃなかったのかもしれない。2回目も生きていられる保証はないのでもう会いたくはないが、もう一人の私も元気で暮らしているといいな、と思う。


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