深夜特急5 沢木耕太郎
『深夜特急5』は、トルコ・ギリシャ・地中海での旅を綴った沢木耕太郎さんのエッセイです。私は、中でもトルコの青年とのエピソードが心に残っています。
若者は日本という国に特別の親愛感を持っていた。「ジャポン、フレンド」と言ったり、「アメリカ、ロシア、ノー・グッド」と言ったりする。
この若者は、片言の英語で、まるでガイドのようにトルコの街を案内してくれるのでした。チャイハネの料金も払わせようとしません。控えめな若者の優しさに感謝しながら、筆者は夕方まで一緒に歩きました。
別れ際に、私は礼をしようと思った。君に何かプレゼントしたい。何かほしいものはないか。そう訊ねると、彼はためらいがちに言った。
「マネー」
そうか…これまでの親切も金目当てのものだったのかと、沢木さんはがっかりしましたが、がっかりするこちらが勝手なのかもしれないと、トルコ・リラを渡そうとします。すると、若者は言うのです。
「ノー、ノー」「……?」 「ジャポン・マネー」
若者は、「日本の金」を求めていたのです。
どうやら日本のコインが欲しいらしいのだ。私はコインを手のひらにあけ、若者の眼の前に差し出して言った。
「どれでも好きなものを」
すると、若者は、百円、十円、五円の3種類の中から、迷ったあげく五円のコインを一つ選びました。
もうひとつどうか、と勧めると、いらないと首を振る。 「どうして?」私が訊ねると、彼はたどたどしい英語で答えた。
「メモリー」
記念だから?
「ワン」
ひとつで?
「ノー・ツー」
ふたつはいらない?
「イエス、イエス」
「彼は、記念のものだから一つで充分だと言っている。私は自分が恥ずかしくなった…」
と筆者は綴っています。 私がこの文章に出会ったのは、書籍ではありません。高校の入試対策で生徒に解かせた「問題文」としてでした。どんな設問だったのか、もはや全く記憶にはありません。ただ、この筆者と青年のエピソードが心にじーんときて、解説もそっちのけで一人静かな感動に浸っていたことだけは鮮明に覚えています。
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