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若きポッターに”男”として完敗した日

先程テレビで超大食い美人秘書という方の異常な食べっぷりを見ていて、思い出した。数年前に出会った小柄なサラリーマンのことを。

その日、ラーメン屋のカウンターで味噌ラーメンを注文したわたしは、わたしのラーメンとほぼ同時に隣の席に置かれたラーメンを二度見した。
それはあまりお目にかからない洗面器大サイズの大盛全部のせラーメンだったからだ。

一塁ランナーの動きを盗み見る要領で、わたしは特大ラーメンの注文主を横目で数回確認した。そこに居たのは、20代前半と思しき華奢で小柄な青年だった。
色白で童顔でメガネの、2作目くらいまでのハリー・ポッターを彷彿とさせるその青年は、巨大ラーメンに全くひるんでないように見えた。

わたしは人並みにラーメンが好きだし、食が細くは決してないと思うが、大盛全部のせラーメンといった代物に挑もうと思ったことは一度もない。
もし挑むことがあるとすれば、一箸目から鼻息荒く血走り眼で取り掛かることになるだろうが、かのポッターはとても涼やかに平常心そのものといった様子でラーメンを味わっていた。

ノーマルサイズの味噌ラーメンを食べ終えて、わたしはその頃よく通っていたレンタルビデオ店に向かった。そして(ほんとの大食いはやはり細身なものなんだなぁ)と、店に残してきたポッターを思い出しながら感心した。『ハリー・ポッターと炎の特盛ラーメン』とかつまらないことをきっと考えていた。

ビデオ屋でわたしは(なにか絶対に借りて帰りたいけど、どれにも全然そそられない)という、よく陥るパターンにはまっていた。手ぶらで帰りたくない一心で、レンタルビデオ店のあの棚この棚を何度も見直していてだいぶ時間が経った。

その時、アダルトコーナーから静かに出てきたハリーを見た。
わたしがビデオを選びあぐねている内に、特盛ラーメンを食べ終えた彼はわたしと同じルートを辿ってきたらしい。

ピアニストが終演後に貰った花束のように、彼は何本ものAV作品を優しく丁寧に抱えていた。
巨大ラーメンを前にした時と同様に、昂ることなく自然体で人生を楽しんでいる様子の彼に思いがけず再会したわたしは(若いんだからアダルトコーナーでは昂れよ)と内心でツッコミながらも深い敗北感を感じていた。

食欲でも性欲でも完全に私の上をいく青年。
しかしその荒ぶる精力をおもてに現わさないたたずまいの端正さ、姿の良さにも完敗したと感じたのだった。

思えば10年近く前の出来事だが、彼は今でもポッターのような風情のまま、食欲性欲共に旺盛でいるのだろうか。どこかでぜひ、私は彼と再び相まみえたい。
そしてできれば(あなたはあなたの知らないうちに、わたしに完勝していたんですよ)と不気味に讃えて、ポッターが少しでも動揺するところを見てみたい。

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