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賃貸での、借り物ではない日常。


外出先から古いマンションに戻り、ドアを開けて玄関で、自明のことを思った。

(この広い世界で、自由に入り込んで好き勝手していい空間って、ここだけなんだなぁ)と。


ここでなら、騒音や異臭さえ撒き散らさなければ、相当に奇矯なことをしても許されるのだ。

タンスのなかでモヤシを育てても、
「マジ感謝YOメーン」と犬にラッパーのフリをしても、
自作の宗教「おうち教」宗主として厳格な戒律を自らに課しても、
全てオーケー、お試し放題だ。


そんな自由な空間なはずなのに、自由度高く活用しているわけでもない。

私は自宅で仕事をすることが、コロナ対応以前から多いのだから、もっとそのスペースの快適さやクリエイティビティについて、主体的になっていいはずだ。

少し前には簡素な4畳半での暮らしへの憧れを書いた。


それもまごう事なき本心だが、仕事場、作業場としての悦楽を、いま居る空間で追求したくもある。

よく手入れされて使い込まれた道具類が、手に取りやすいように分類、収納されているモノづくりの作業場。あるいはガレージ、あるいは納屋。

そういう仕立ての空間が、ワークスペースとして欲しいと思う。


複数台あるPCやタブレットが、まさに私の仕事道具だが、明日は仕事の合間にアプリやストレージを整理して、手入れしよう。


賃貸の2DKだからって、そこでおずおずとした仕事はすまい。

死に際しては全てを手放して丸ごとお返しする、とも言えるわけだから、まあ、この世の全てが借り物なのかも知れませんが、とは言え、借り物だからと手心を加えたような暮らしぶりでは何もおもしろくない。


あれやこれや、憧れだけで終わらせてはつまらないよな、と最近よく思う。

日常を変えていくということが即ち、憧れを叶えるということなのだろう。




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