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本当の自分とは?

本当の自分を見つけるために、本当の自分はこうだとかああだとか、何か見つけようとするが本当に本当の自分なんてものは存在するのだろうか?


私は書道をするのだが、先生によく言われる。

「本当の自分を探し出すために、母の振り返りとなるものをしろ。」

この言葉を聞いたとき本当の自分とは何なのかと思った。
母の振り返りというものは、ほとんどの人はお母さんのお腹にいたときのことを覚えていないと思うが(ちなみに私は4,5歳以降の記憶しかない)そこから母との思い出を振り返るというものだ。これにどんな役割があるのか。

お母さんとの接し方、関係、生活のあらゆるところでの母の存在というのは子供の頃はもちろん、大人になってからも生活に、考え方に影響してくる。そのため大きくなってから小さい頃の母との思い出、特に母のぬくもりを思い返してみることに大きく意味がある。母からの愛を父からの愛を、育ててくれた人の私への愛を、振り返る。
 ひとりじゃない。
 自分はこれだけ愛されていたんだ。
と認識をする。
人とともに生活をする私達にとって愛を感じることは日々を生きる中で見逃せないものであり、感謝して行くことで満足度がアップする。
だから、母の振り返りは良いということである。

私はこれを聞いたとき信じられなかったが、今は少しだけわかる気もする。

母の振り返りは少しわかったが本当の自分とは何なのか。そもそも本当の自分とは何なのか?いるのか?

私達は、ネットやテレビなどで情報を得ている。誰かとともに生活しているなら、そこからも何かしら学んでいる。その考えや思いが今の私の形成していると言っても過言ではないほど、大きく左右されるものである。
では、ここで学んだ事によって自分の心の内を、感じれないで、話せないでいるとするのならば、その感じれない話せない心こそが本当の心なのだろうか。
小さいときは、恥ずかしいという思いが少なかった。というより、はじめはなかった。だんだん時が過ぎる中で、自我が芽生え人とともに生きることの大切さをどこかで感じる。そして、人に迷惑をかけてはいけない、知られたくないと思い恥かしくなり話せなくなる。これがありのままの自分の姿かと問われたら違う。違うけど、言えない自分も自分だから本当になるのか。

考えれば考えるほど、わからなくなって来る。わからないから感じる部分では、心の奥底に小さなもう一人の自分がいて、その私が感じさせてくれる。渡しの場合、この自分は楽しいときは出てこなくて一緒に楽しむが、哀しいとき、苦しいときに出てくる。そして自分を励まし前へいけと押してくれるいいやつ。これが私の中では本当の自分なるものに近い存在に当たると感じる。
本当の自分がどこにいるのか、何なのか、そもそもいるのか、今の私には正直わからない。でも感じる部分はなんとなくある。だから、その自分を信じて共にこれからを歩んでいく。


読んでくださりありがとうございます。誰でも愛を感じていたいものです。だからこそ、本当の自分について考えることは自分探しにもなって、いいきっかけになりそうです。それに気づき、感謝して味方にすれば心もあたたかくなり新たな気付きが得られるかな?どうだろう?