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ストーカーをされて気づいた本当の優しさ

「あなたのとなりはまだ空いていますか?」

この一文だけのメッセージだった。 見た瞬間、全身に鳥肌がたった。 恐怖でしかなかった。


和歌山県のシェアハウスに住んでいた。 男3人。田舎に残った空き家を家賃無料で特別に住まわせてもらっていた。 その代わり、立地はものすごく山奥だった。 周りには家が数えるほどしかないし、何かを売ってるお店なんて1つもない。 

近くのコンビニに行こうと思ったら、15分ぐらい車を走らせる必要がある。 人里離れた場所で、野生動物もよく見かけた。 それでも男3人で仲良く暮らしていた。


一緒に生活していたメンバーの一人がある日、「友達を連れてきてもいい?」と言った。 別に断る理由もなかったから、「全然いいよ、むしろこんな所まで来てくれるとか嬉しいね」と答えた。

友達が連れてきた友達は、2人の女の子だった。 1人は日本人の年上の女の子、もう1人は台湾人の年下の女の子だった。 こんな人里離れた山奥に来てくれるなんて、変わった子らだなと思った。

はじめはご飯を食べながら、どこから来たの? とか、何をしてるの? とか、当たり障りのない話をしていたと思う。 そこからお互い旅が好きということで、意気投合した。 しっかりとは覚えていないのだが、その流れで「ヒッチハイクをして旅をしよう」という話になった。


次の日にぼくは愛媛へ、日本人の女の子は徳島へ、台湾人の女の子は京都へ行く予定があった。

「それなら明日ヒッチハイクをやろうよ」

と日本人の女の子が言い出し、それぞれの目的地に向けて、途中まで一緒にやってみることにした。

山から降りて買い出しにいき、段ボールにそれぞれの目的地を書いた看板を作り、荷物をカバンに詰め込んだ。 お互いにヒッチハイクは初めてだった。 その時は面白いことになったぞ! とワクワクしていたと思う。


次の日、シェアハウスのメンバーに車に乗せてもらって近くのサービスエリアまで連れていってもらった。 まずは大阪を目的地にヒッチハイクを開始した。 

やってみたらわかるのだが、めちゃくちゃ恥ずかしい。 看板を持って立っているだけなのだが、これが恥ずかしいのだ。 ものすごく見られる。それもすごく怪訝な顔で。 それでも諦めずに立ち続ける。

30分ぐらいしたときに、「立っているだけではつかまらなそうだから、片っ端から声をかけてみよう」という話になった。 そこからひたすら知らない人たちに声をかけていった。 話しかけるがなかなかうまくいかない。

しばらくすると、「乗せてくれる人見つかったよ」と日本人の女の子が駆け寄ってきた。 それを聞いてぼくは「本当に!?」と叫んだ。 初のヒッチハイク成功だった。


そんな感じで3人で大阪までヒッチハイクをした。 京都へ向かうため、台湾人の女の子とはそこでお別れした。 その後、神戸まで日本人の女の子と一緒にヒッチハイクをした。

乗せてくれる車を探す間、日本人の女の子とは色んな話をした。 ほとんどの話は忘れてしまったが、その中でも恋愛の話だけは覚えている。 彼女は、ぼくの友達のことが好きだった。 彼女らをシェアハウスに連れてきた友達だ。 でも友達には、長年付き合っている人がいた。 だから彼女は諦めるしかなかったのだが、それでも好きなようだった。

あきらめるべきかどうか?

友達のままでいるのは苦しいから、友達関係も辞めるべきかどうか?

そもそも付き合える可能性はゼロかどうか?

そんな相談に乗っていたと思う。

「好きでもない人に優しくするのはずるい」

彼女は言った。

「あいつは誰にでも優しいからね」

ぼくはそう答えた。


ヒッチハイクの旅が終わったあとも、彼女からは引き続き恋愛相談を受けていた。 彼女からの恋愛相談は連日のように続いた。 LINEが頻繁に飛んでくる。 はじめは頑張って全てに返信をしていた。 苦しい思いをしてるだろうし、話を聞いて彼女が楽になるならと思っていた。

彼女に対して特別な思いがあったわけではなく、ただ単なる友達として、少しでも助けたいと思った。 


しばらくしてから彼女が再び和歌山に遊びにくることがあった。 そのときぼくはシェアハウスからは出て、一人暮らしをしていた。 彼女が好きな友達と彼女が一緒に、ぼくの家にやってきた。

「久しぶり!!」

彼女はすごく元気そうだった。 

そのあと3人で出かけて、夕方ぐらいまで遊んだ。 ただ友達が用事があるからと言って、先に抜けていった。 そして彼女とぼくは二人きりになった。いつも通り恋愛相談に乗っていた。 彼女はやっぱり友達のことが好きなようだった。 ぼくもやっぱり彼女のことは特に何も思っていなかった。

「あー色々相談してて気づいたんだけど、私、純平君が好き」

突然のことでびっくりした。

「え?」

理解ができなかった。さっきまで友達のことが好きだと言って相談してたはずだ。

「優しいんだもん、付き合おう」

まだぼくの気持ちを確認してもいないのに、「付き合おう」と言ってきた。

「ちょっと考えとくね。まだ会ったばっかりやし、今は無理かな」

自分の中ではこれでしっかりと断ったつもりだった。


その日を境に、彼女からの連絡頻度は増していった。 LINEが毎日何通も送られてくるようになった。 はじめは返信していたが、頻度が増えてくるにつれ、無視するようになった。 それから電話も何度もかかってくるようになった。 少し怖くなって、電話は出なかった。

LINEも電話も無視したことで、より彼女からの連絡はどんどん増えていった。

「なんで無視するの?」

「いまどこでなにしてるの?」

「他に好きな人がいるの?」

あまりにも頻繁に連絡がくるから、LINEも電話もブロックした。 もう彼女には関わらない方がいいだろうと思い始めたのも、その頃からだったと思う。

それでも彼女からの連絡は途絶えなかった。Facebookのメッセンジャーが送られてきた。それもブロックした。そしたら手紙が送られてきた。 怖くて読まずに捨てた。これ以上送ってこれないように受取拒否の連絡を郵便局にした。

でも彼女からの連絡はまだきた。電報が届いのだ。 電報なんて結婚式のときぐらいでしか聞いたことがない。これだけテクノロジーが発展してる時代で、電報が個人的に届くことは後にも先にもこれっきりだろう。電報で送られてきた白い紙に一文だけ印字されていた。

「あなたのとなりはまだ空いていますか?」

メッセージを見て、全身に鳥肌がたった。すぐに捨てた。それからしばらくして、1通のLINEがきた。まさかとは思ったが、そのまさかだった。彼女からだった。

ブロックしたはずなのに、彼女からLINEがきた。別のアカウントを作ったようだった。そして1通だけメッセージが飛んできた。

「あした会いに行くから」

さすがに身の危険を感じた。

「本当にきたら警察呼ぶよ」

そう返信して、すぐにブロックをした。


翌日、夜まではなにも起こらなかった。さすがに来ないよなと少し気が抜けていた。いや、そう信じたかった。もし万が一来てもいいように、カーテンも閉め、電気も消していた。居留守をするつもりだった。

ピンポーン。

チャイムが鳴った瞬間、ビクッと体が固まった。どうしよう……と一瞬悩んだが、とりあえず誰かわからないから確認しにいってみる。足音をなるべく立てないように静かにドアに近寄り、覗き穴を見た。

彼女だった。


ピンポーン。再びチャイムが鳴る。ぼくは物音を立てないように部屋に戻った。 

ピンポーン。チャイムの鳴る間隔がどんどん短くなっていった。

ピンポン、ピンポン。2階鳴る。

ピンポン、ピンポン、ドンドンッ。ドアを叩く音がした。

ドンドンッ、ドンドンッ、ガチャ、ガチャ、ガチャ。鍵はかけていたが、大丈夫だろうか? と不安になった。

ドンドンッ、ドンドンッ、ガチャ、ガチャ、ガチャ。良かった。開かない。開くわけない。このまま黙っていれば諦めて帰るだろう。そう思っていた。

「純平!!!」

突然、彼女が大きな声で叫ぶのが聞こえた。

「どこにいるの!!?」

部屋の中にいる。絶対バレてはいけない。

「お願い出てきてよ!!!」

嫌だ。嫌に決まっている。死んでも出ていくものか。 彼女はチャイムを連打したり、ドアを叩いたり、大声で叫んだり……しばらくずっと繰り返していた。

警察を呼ぼうかとも本気で思った。でも大ごとになるのも嫌だった。だからそのまま居留守し続けた。明日になればいなくなっているはずだ。そう思って、ベッドに行き、眠ろうとした。とにかく寝てしまおうと思った。 彼女がドアを叩く音、名前を呼ぶ声はしばらく聞こえていて、ちゃんと寝ることはできなかった。


早朝、まだ日も登っていなくて真っ暗だった。外は静かだった。家の中に彼女がいるわけないのだが、どこかに潜んでいる気がして怖かった。恐る恐るベッドから出て、周りを見渡す。それから玄関に向かって、覗き穴を覗いてみた。

誰もいない。

でもどこか周りに隠れているかもしれない。チェーンロックをかけて、ゆっくりと鍵を開けた。そしてドアを開いてみた。

誰もいない。

ホッと胸を撫でおろした。どれくらいの間、彼女がぼくの家の前にいたかは定かではない。ただかなり長い時間、居座り続けていたように思う。なにがきっかけでいなくなったのかはわからないが、いつの間にかいなくなっていた。

でもいつまた来てもおかしくない。そう思って、すぐにその家からは引っ越すことにした。

彼女からはLINEも電話も電報も……それから2度と連絡がくることはなかった。


「好きでもない人に優しくするのはずるい」

その言葉が喉に刺さった魚の小骨のように気になる。もしかしたらぼくは、ずるいことをしてしまったのかもしれない。もちろん彼女のやったことを肯定しようとは思わない。どうしてあんなことをするのか理解できないし、2度と彼女には会いたくない。

でも全面的に彼女が悪いわけでもたぶんないのだ。ぼくは彼女に対して一方的な優しさを押しつけてしまっていたのだと思う。

彼女の恋愛相談に乗っていたのは、いい人だと思われたかっただけだ。

彼女からの連絡に対してこまめに返信をしていたのは、嫌われたくなかっただけだ。

彼女からの告白に対してちゃんと断れなかったのは、関係性を壊したくなかっただけだ。

自分都合で、ぼくは彼女に接していた。彼女のためではなく、自分のために優しくしていた。彼女からしたらずるいと思っても当然なんだと思う。 

人に対しての優しさはきっと相手のためを思って初めて優しさになる。相手にとって耳の痛いことであっても、それがその人のためになるならはっきり言うべきだ。嫌われてもいいと覚悟を持って、その人のためになることを伝えるべきだ。浅い関係性ではなく深い関係性を築くために、本音で語り合うべきだ。

それがきっと本当の優しさだ。

自分都合で押しつけるのは、たぶん優しさではなくエゴだ。ぼくがやっていたのはエゴだったんだ。だから彼女からのエゴをぼくも受け取るハメになったのかもしれない。


彼女はいまなにをしてるだろう。

誰かからエゴを押しつけられているかもしれない。誰かにエゴを押しつけているかもしれない。 ぼくが彼女と関わることはたぶんもう2度とない。

でも彼女と同じような人に出会ったら、今度は本当の優しさを持って接することができればいいと思う。

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