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お金持ちになれる黄金の羽の拾い方

橘 玲 著
幻冬舎文庫

2002年に発行された同名のタイトルを改定版として2014年に発行したものを、さらに文庫版として加筆したものが、今回読んでみた『お金持ちになれる黄金の羽の拾い方』(2017年)
もともとが2002年に発行されたものなので、若干古く感じることもあるが、基本的な社会構造は変わらず、著者の主張も変わらない。
『お金』をテーマにしているにも関わらず、長く読み継がれる価値のある本というのも珍しい。

2019年の終わりに、そして2020年という年を迎えるにあたって読むに相応しい、読み応えのある内容だったので紹介しておきたい。

さて、時代によって移り変わる『お金』の話が、何故このように長く読み継がれているのか、それは一般の人が知らないことが多い様々な業界の裏事情を知ることが出来るからだろう。
これがなかなかに興味深い、何しろ10年以上たっても変わらないという、完全に構造的なものなのだからなおさらだ。

例えば出版業界の構造的な問題・懐事情や税務署と税理士の天下りの構図など、言われてみれば、ははあなるほど確かにそういうことなんだろうなあ、と納得する。
だから出版不況だし(アマゾンやインターネットの台頭だけが理由ではない)、税務署とうまくやっているから儲かる会社の裏金は溜まる一方で、いまだに銀座にお金が落ちる理由というのも分かる。

そういうことはおそらく全ての業界にあることで、現在のような社会が出来上がってしまうのは、制度に対する信用崩壊が発生し、構造不況に陥るということは、もう社会構造的に仕方がないことなのだ。
お金というものが人間の行動の軸であり、より多くのお金を得るために全ての人々が、そのための様々な手段を講じる社会、それが資本主義なのであるから、現代における問題点の全ては資本主義の生み出した当然の産物なのだ。

資本主義の世の中というものはそういうもので、全てがパイの食いあいであれば、より強いものが多くのパイを食べられる。だからそれ以外の人間が貧しくなり、一部の人だけが豊かになるのは当たり前で、そしてそれが現実だ。

資本主義がうまくいく為には、限られたパイの食い合いではなくて、パイが無限に倍々に増えていく世の中でなくてはならない、そうでなくては弱い人々にパイはいきわたらない。
高度経済成長時代にはパイは倍々に増えていったが、現在は増えるどころが減っていて、しかもパイの奪い合いに参加する人間はグローバル化によって多国籍間に渡って増えている。
これでは弱い者にはパイは届かない。

本来は税制によって国家がパイの再分配を行って、弱いものにもパイを分け与えるべきものなのだが、それが全くうまくいっていないどころか、むしろより強い物へパイを投げ与えているような状況であるのは言うまでもない。
国家というものが人間を母集団としている以上、その母集団がそもそもパイを食べたくて仕方がない人間なのであるから、その特権を自分自身のために利用するのはある意味仕方がない。

権力を持っていてもなお、自らパイを欲しがらず万民に公平に分配しようなどと言う強い倫理観を持っている人間は、少なくとも現代にはほとんど存在しないだろう。

つまり、この世界を生き抜くためには、自分で何とかしなくてはならないということだ。

・・・ということも、皆も当然よく分かっていて、だから誰もが、自分なりにもがき続けている。

タイトルには『お金持ちになれる黄金の羽の拾い方』とあるが、実際に黄金の羽の拾い方が描いてあるわけではない・・・と思う。

この本の内容を簡潔に言えば、自営業者になって節税をして、所得を増やし支出を減らす、お金を効率的な投資に回し、80歳まで働いて経済的な独立を得よう、というのが著者の主張だ。
この主張は特別珍しいものではもちろんない。至極まっとうな話で、まともな書籍は皆このような結論に達している、ただ、この中でどの部分をクローズアップしているかというだけだ。

本書ではその中で自営業者として節税をするというところに、クローズアップがされていて、それが『黄金の羽』であるということなのだが・・・
・・・が、これが本当に『お金持ちになれる黄金の羽』かどうかというと、それは多分に個人の考え方、ライフスタイルによるものだろう。

最近の傾向として、若いうちから経済的独立を計るために自営業者を目指すものも増えてきたように思う。・・・最近は自営業者ではなくてフリーランスというのかもしれないが・・・
ネット界隈ではユーチューバーはもちろん、エンジニアやライターなどのフリーランスがもてはやされているし、ブラックな企業が増えたこともあって、自分で開業というのが、成功の近道という雰囲気もある。・・・まあ、これは近年に限らず20年以上前からそういう考え方はあった。

著者の言う通り税金を払わないためには自営業者になるのが一番なのだが、当たり前だが、それは稼ぎがいい場合の話で、そもそも稼ぎが悪ければ節税もできない。現実に自分の食いブチを稼ぐというのはなかなかに難しいものだ。

私も昔、ひょんなことから全くやりたくもなかった自営業者をやる派目になってしまったことがあるのでよくわかるが、確かにある程度以上の収入があれば様々な節税手段を講じることは出来るし、サラリーマンを続けるよりはるかにお金は溜まるだろう。

問題は自営業者として成功する才覚があるかどうかなのだ。
ご存じの通り、起業して成功する確率は低い。まあ、漫然と起業するから失敗するんだけどね。

自営業の厳しさというものを著者はもちろんよく分かっていて、所得を増やすために、節税をすることができる自営業を勧めてはいるが、実際にフリーランスで生き抜くということがどのくらい厳しいものなのか、ということも、実はさりげなく読者に語っている。
それが何度も繰り返されるこれらのフレーズだ。

「この程度のことをいちいちコンサルタントに聞いていたのでは前途は明るくありません」

「この程度のことをいちいち行政書士に頼むようでは前途は明るくありません」

まあ、そういうことなのだ。
この本に書いてあるのは『お金持ちになれる黄金の羽の拾い方』なのだが、この黄金の羽を拾うために、実はどれほどのことを自分自身で成し遂げなくてはならないかという心構えを、さりげなく差し入れているのが実はこの本の最大の魅力とも言うべきもので、いわゆるハウツー本のように、安易に表面通りに読むべき本ではない。

そのことの意味が『新宿中央公園のホームレス』というタイトルのエピローグによく表れている。
フリーランスで生き抜くということの怖さ、著者は『リスクを負って生きることの意味』といっているが、それをよく物語っている。

つまり、著者流に言えば、「この本に書いてあることをそのまま丸ごと鵜呑みにして、大した準備もせずにフリーランスを始めるようでは前途は明るくありません」といったところだろうか。

世の中には若者を取り込もうとする甘言が山ほどあるが、それもパイの奪い合いの一環なのだよ、ということもよくよく分かっておいたほうが良い、と、最近の時流やら社会の流れやらを見るたびに、老婆心ながら忠告したくなるのだ。




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