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ことばの使い手

278.スティーブ・ジョブズの呪いの言葉

さすが巧いなぁと唸ったのは、スティーブ・ジョブズのことばである。

(アップルのコンピューターを)買ってくれた人は、この世界のクリエイティブな側面を担う人なんだと思う。仕事をしているだけでなく、世界を変えようとしている人々なんだ。そういう人のために僕らは製品を作っている。

いや、マックもウィンドウズも、パーソナルコンピュターがもつ機能について言えばそこに大きなちがいはない。また、コンピューターは仕事に必要なものという一般的な認識も変わらないだろう。

だが、このように言うことでジョブズは、「仕事道具」としてのウィンドウズに対して「世界を変えることのできるクリエイティブなツール」としてのマックという対立項をあざやかにつくりだしてしまう。そりゃ誰だって、どっちと言われたら「世界を変える」方に加担したいよね。

つまり、ここでスティーブ・ジョブズというひとは、その当時ビジネスシーンで圧倒的優位を誇っていたウィンドウズに対して、あえてそれを逆手にとって「呪い」をかけたわけである。悪魔的だよ、スティーブ・ジョブズ。

ふだんウィンドウズを便利に使っているビジネスマンでさえ、これを見たら家庭で休日に使うマシーン、あるいは子供に買い与えるマシーンはアップル社のものを選んでしまうにちがいない。相手が強靭であるほど効き目のあるプロレス技のようなものである。

そして、このスティーブ・ジョブズを思わせる巧みなことばの使い手が日本にもいる。小池百合子東京都知事である。ジョブズの言動を研究しているかどうかは知らないが、じっさい小池知事はあらゆるビジネス書の熱心な読者であるらしい。

ただ、巧みなことばの使い手になるのは訓練だけでは不十分だ。むしろ本能的、直観的な能力であるように思われる。小池知事が、記者会見に集まった記者たちに対して発した「密です」というかならずしも狙ったわけではないひとことが流行ってしまうように。

念入りに刃物を研ぐように、常日頃からことばに対する感覚を磨くことは重要だ。が、それをいざというときもっとも威力を発揮する角度で振り下ろすことができるかどうか、それはまたべつの才能にちがいない。

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