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ECMレーベルと「100年のジャズを聴く」から紐解く音楽ビジネス

後藤 雅洋氏, 村井 康司氏, 柳樂 光隆氏の鼎談を纏めた「100年のジャズを聴く」のP.197にこう書いてある。

柳楽「たとえば、エルヴィン・ジョーンズのバンドでウィルトン・マルサリスが吹く<至上の愛>とかあるじゃないですか。あれって、いわゆる醜悪なジャズ・ビジネスって感じがしませんか。そういうことをやらないと出してもらえなかった時代ってあるんですね。〜とにかくレコード会社は、ジャズの形をしていてスタンダードが入っていないと(レコードを)出してくれなかったって。」

保守的なレコード会社がジャズらしさを市場にアピールする時、スタンダードな曲をアルバムに入れることで、一定のジャズリスナーに向けた担保を取る。それはジャズの前衛性をできるだけ排除して、製作の費用をリクープする意図をメインに据える事で行われていたと考えられる。ジャズマンがもつ可能性をレコード会社がスポイルしていた時代があった事が分かりやすく書かれていた。ジャズマンがジャズしか聴かないという事は無いという事は最近のジャズマンを見ていればよくわかる。ロバート・グラスパーはヒップホップだけでなく、レディオヘッドやニルヴァーナなどロック界隈の曲も取り入れている。ドラマーのマーク・ジュリアナはエイフェックス・ツインのアンビエントワークスを聴いていると以前ツイートしていた。

ジャズ・ビジネスという点で面白いのがECMというレーベル。ECMがこういったレコード会社の考えとは真逆で、現在まで一定のカラーを持ち60年代後半から現在まで続くオルタナティブなジャズレーベルとしてのヴィジョンを物語るエピソードが、オーナーであるアイヒャーとミュージャンの間で起きていた。

それはジョン・アバクロンビー・カルテットがアルバム「M」を録音している途中で起きる。かつて日本でECMを配給していたトリオの担当だった稲岡 邦彌氏による著書「ECMの真実」にはこう書かれている。

「失恋の痛手から立ち直れず、アバークロンビーはひどく落ち込んでいた。〜彼を元気づける意味もあってテンポの良いバンプの曲を始めたところ、ドイツのスタジオが突然マンハッタンのクラブに様変わり。落ち込んでいたアバークロンビーもやっと我に返って素晴らしいソロを展開した。この日ベストのテイクだと皆で肩を叩き合いながらコントロール・ルームに戻ると、渋面を作ったアイヒャーが「ECMにアート・ブレイキーはいらない」と吐き捨てるように言った。血の気の多いリッチーはすぐに返した。「これが俺たちのジャズだよ。たまにはおれたちにもニューヨークのジャズをやらせてくれ」」

この出来事でリチャード・バイラークのアルバムは全て廃盤。アバクロンビーのバイラークが関わったアルバムも現在はリイシューされているものの、長い間廃盤になっていた。

面白いのがこの二つのエピソードが全く反対の出来事で、ECMは安易なジャズ観を与える曲を否定しながら、アイヒャー自身のもつ音楽観にそってアルバムを製作してきたのがうかがえる。

方やレコード会社が求めるジャズ像と、ミュージャンが求めるジャズ像の話だけれど、ベクトルは真逆で大きく異なる。

どちらもミュージャンにしてみれば酷いはなしではあるものの、ジャズに対する姿勢の違いを浮き彫りにするエピソードだと思われる。

ECMというレーベルがマンフレード・アイヒャーひとりのヴィジョンで成り立っているという話でもあるが、彼が守るべきものがよくわかるエピソードでもあると考えられる。

John Abercrombie Quartet/M

https://www.youtube.com/watch?v=dJYqMs44cKQ

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