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この世界でわたしたちは、愛も幸せもお金で買うことができるかもしれないけれど、

はじめましてこんにちは、ライターの野里和花です。
 
わたしは、いま、フィリピンのセブ島で暮らしています。
セブ島での生活は人生で二回目。
 
1年半前、語学留学のために2カ月間滞在していました。
 
語学留学も、セブ島も、長期の海外滞在も、はじめてのことでした。
 
海外に行くことに対しての慣れは多少あったものの、ここまで旅ではなく生活を外国で行う、ということは、それまでの海外渡航経験では気付けなかった異文化や問題が目に見えることになりました。
 
フィリピンは、日本に比べるとずっとずっと、貧しい国です。
 
ちょっと信号待ちをしているとストリートチルドレンがじっとこちらを見てきます。
そこらじゅうにゴミが散らばっていて、「空気が汚い」というのが目視できるのです。
野良犬も多く、安全とは言えません。
 
富裕層と、その他の格差が大きいことも問題のひとつになっています。
 
わたしが学んでいた語学学校の先生たちも、豊かではありませんでした。
彼女彼らの月収は日本円で2万円くらい。
それで生きてはいけるくらい、物価も安いのです。ですが、満足とは言えません。
 
わたしのバッチメイト(語学学校に同期で入学した生徒)にカズという男性がいました。
彼はフリーのカメラマンで、わたしより6歳年上で、とってもいいお兄さんでした。年上だけど、気取っていなくて、いつも彼をいじり倒しては楽しんでいました。
 
彼が特に仲の良い先生がいました。
その先生の授業を彼がとっているとき、わたしは向かいの教室にいたので、よくちょっかいを出して遊んでいました。
 
先生もわたしのことをすごく気に入ってくれていて、わたしがちょっかいを出すと、うれしそうにそれに便乗してきて、ふたりでカズを困らせるのです。
 
わたしよりひとつくらい年下の、腰まで伸びる黒髪がとっても綺麗で、左目の泣きぼくろが印象的な人でした。
 
彼女は、親友とふたりで同じ学校に就職していました。
ふたりの夢は、英語の先生として特別な試験を受けて、資格をもち、日本で英語教師として働くこと。
 
知り合った当初はそのように話してくれていて、わたしもそれを応援していました。
「日本に来たら、家とか大変でしょ、だからまずはわたしのことを頼ってよね」と。
 
ですが、卒業も迫った頃、先生の夢は失われていました。
 
彼女には田舎に兄弟がいて、その子たちを養うためには、安い給料の語学学校の先生ではなく、コールセンターのスタッフになるしかなかったのです。
わたしより1カ月長く滞在するカズの卒業に合わせて、彼女は退職し、違う職場にいかなければならなくなりました。 
 
 
ある日、いつもの居酒屋で飲んでいると、カズがサンミゲルライトの瓶を片手に、こうこぼしました。
 
「彼女をどうにか助けてあげられればいいのに」
 
わたしたちが普段手にしているお金は、先生たちにとってはそれはそれは大きなものです。
 
カズが、このとき、「どうにか」で、どういう方法を思い浮かべていたか、わたしにはわかりません。
 
そのとき、口をつぐんだわたしの隣に座っていた日本人の男の子が、迷いない口調で言いました。
 
「カズ、僕等が彼女たちにできることは、彼女と結婚をするか、なにもしないかのどちらかしかないんだよ」
 
わたしはますます口をつぐむことしかできませんでした。
それは、愛も幸せも、お金で買うことができる、ということなのかもしれない。でも、わたしたちがそれを選択することが、果たしてあるのでしょうか。
 
 
 
 
今日、ひとりで、タイマッサージに行ってきました。
 
わたしを担当してくれたのは、わたしと同じ年の23歳のダーシィ。
金髪で、気の強そうな太めな眉で、わたしを店に案内しながらずっと歌を歌っていた愉快な子。
 
暗闇の半個室で、わたしたちはいろいろな話をしました。
 
「わたし、ボーイフレンドがいないの。もうすぐ、クリスマスがきちゃうっていうのに!」わたしが嘆くと、ダーシィはおかしそうに笑いました。

「このマッサージ屋には、近くの語学学校のハンサムな男の子たちが来るの。とっても楽しい人たちでね。あなたのことを紹介しておいてあげるわ」
それが本当に叶うかどうかはどうでもよくって、まるで親しい友達との約束のような言葉に、わたしのこころはうきうきしました。
 
「約束!一番のイケメンを紹介してよね。ダーシィも、ボーイフレンドはいないんでしょう?お客さんのなかに、良い人はいないの?日本人の男性は優しいし、ボーイフレンドにぴったりじゃないかなあ」
 
「実は半年前、そこの学校の男の子と付き合っていたの」

「え」思わぬ回答に驚きました。
 
わたしも、前に通っていた語学学校の近所のマッサージ屋さんの常連で、そこにいたマッサージ師にしょっちゅう口説かれていました。が、それは所詮、外国人同士という前提があってのジョークのようなもの。きっとみんなそうで、それが本当に付き合う、とまで発展することなんてないものでした。
 
「彼は、もう帰っちゃったんだけどね、わたしを日本に連れて行ってくれると約束してたの。必ずフィリピンに戻ってきて、その後、一緒に日本に行こうって」

「すてきじゃん!」

「でも、彼、病気になってしまったみたいでね、いまも病院にいるの。だから、彼がフィリピンに戻ってくることはないの」
 
暗い室内で、彼女の表情は分かりません。
そのとき、わたしの胸に浮かんだのは「本当に、彼は病気なのか?」という問い。でも、それは言葉にしなくて、わたしはその代わり、彼女に日本語を教えました。
 
「それは『さびしい』だね」
 
「え?」

「さびしい。そういうとき、日本では、さびしい、って言うんだよ」
 
「さ び し い」
 
彼女の、ただの音を並べたような「さびしい」の響きが、きっと完璧なことばになってその人に届くことは、きっとないのでしょう。
 

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