健康で文化的で結構ハード、そんな仕事

「居所不明って、怖くないですか?」

話の前後は覚えていないのだが、配属されたばかりのころ、先輩にそう聞いたことがある。
居所不明。平たく言うと、居住実態がつかめない人。行方不明者。
この日本で、己の痕跡を消して行方知れずになっている人。
自らの意思なのか、なにかに巻き込まれてしまったのか。
居所不明状態が一定期間続くと、住民票は職権消除となる。
自治体の権限において住民票を削除されてしまうのだ。

┄ ┄ ┄
大学を卒業後、公務員になった。
小さな自治体の市役所の生活支援課がわたしの職場だ。
生活支援課は、障害福祉課や高齢介護課などと共に市役所の福祉事務所棟に入っている。主な業務は生活保護をはじめ支援や福祉につなぐことなのだけど、まぁ、実情は困りごとの一次請け、なんでも屋だと思っている。

最初の頃に覚えた言葉のひとつが、「居所不明」というものだった。
市役所からの郵便物は宛先不明で届かない、連絡もつかない。住民票の住所には人がいる気配がない。
受けるべき権利も納めるべき義務も放棄して、消息が掴めない人たち。
とてつもないストーリーを勝手に作り出しそうになり、慌てて首をふった。

初めての訪問調査

研修を兼ねて、上司と訪問調査に行った。
生活保護を受給中の人、相談中の人、そして家主が居所不明になっている家にも行った。人が消えた家なのに、粘着テープでがちがちに封鎖された郵便ポストや目隠しされた窓が、「かつて誰かが生活していた気配」を濃厚に漂わせていた。
その光景が、頭から離れなかった。

それでも、すべてがその人の真実

この仕事をしていると衝撃は尽きない。
ある日、相談窓口で泣きわめいていた人がいた。
「死」というワードを出して、社会のしくみや役所の職員や、目の前のわたしや、あらゆるものを責めて詰った。
どストレートに投げかけられた言葉にわたしは凹んだ。
だけど少し時間が経って外を見ると、あんなに怒っていた人が、知人らしき人と大笑いしている。めちゃくちゃ楽しそうに笑っている。
呆然としてしまったわたしに、先輩がこう言ってくれた。
「ずっと悲しくてつらいわけじゃないから。全部抱え込むことはないよ。できることをやろうね」
その言葉は私を救ってくれた。
話を聞くことでその人のことをわかったつもりになっていたけれど、それは思い上がりだった。分かる部分などその人のほんの一端。かけらのような一面。泣くほど困っていることも、怒っていることも真実だし、知人と楽しく笑う瞬間もその人の真実だ。
未熟な私は目の前の人に肩入れをしては空回りをしていた。
それが親身になることだと思っていたけど、視野の狭さは不公平に繋がる。
そしてわたしたちは支援する仕事ではあるが、その人生全てを背負うことはできない。ただ伴走するだけだ。

おっちゃんの帰還

衝撃はまたもややってくる。
冒頭で話した、長らく居所不明になっていた男性が先日帰還したのである。
とある手続のためにこっそりと来庁していたのだった。
わけあっていろいろな場所を転々としていたようだが、観念をして(?)、改めてわが市に住民票を置くことになった。
本心ではないかもしれないけれど、「ほっとしたわ」と笑う男性の顔を見て、良かったなと思えた。
男性は私が初めての訪問調査で出向いたあの家に帰る。過去の精算もしなくてはいけないし、わたしたちもこれから生活を支えるべく、がっつり関わる予定だ。
あの家に人の生活が戻り、少しずつ時間が動き出すといいなと思う。


ここは小さな地方都市だけど、貧困も虐待もDVもヤングケアラーも無戸籍の出産も子供を育てられない親も引きこもりの生活をしている人も外国人研修生も、みんないる。現実として、あたりまえに、そこにある。

薄氷の上の、健康で文化的な最低限度の生活。

だけど、みんな切実に生きていると感じる。
そしてその切実さに背中を押されて、明日もがんばろか~と思うのです。


▼わたしのバイブルです。
えみるたちのこと、勝手に同僚だと思ってる!


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