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オールドフィッツジェラルド1849と桃山

仕事のローテーションの関係で、もう七草も過ぎたこのごろになってやっと休暇となった
久々の実家
お気に入りの小さな庭
冬には冬の顔が、それなりに好ましかった
 
休暇も半ばの日
彼女は買い物に出かけた
鎮守の森を越えた向こうまで
きっと、初詣でにぎわったのだろう境内へ続く道も、今日は閑散としている
 
祖母の好きな和菓子を求めに行くのだ
段差はあまりないが50段以上はあるだろう階段の上に本殿がある
階段を登りきったところで振り返ると街並みが見渡せた
来るまではそんなに感じなかったが緩い勾配を歩いてきた事になる
 
お気に入りの藤色のマフラーをはずした
出かける時にアンゴラのマフラーをしているのを母に見咎められ、こっちにしたのだった
 
本殿の方から吹いて来る冷たい風が、首すじをなでながら市街地の方へゆっくりと吹いている
今、階段を登りきった彼女はそれを心地よく感じていた
 
目指す和菓子屋は本殿の前を横切って、ちょうど反対側の階段を下りた所にある 
いつものように暮れの内に帰る時は、一駅前で降り、その和菓子屋に寄って、お土産に幾つか求めて帰宅しているが、今年は帰省が先になっていた
 
彼女は幼いころ、祖母と何度となくこの境内で、買い求めたばかりの和菓子を食べた
大きくなるにつれ回数こそ減ったが、ここは彼女と祖母の秘密の場所でもあった
 
街を背にして本殿を横切り始めようとしたとき
 
一匹の猫がいて、柔らかい瞬きを投げかけてきた
近づいて行っても身構える様子もない
樹齢豊かな木々の隙間からこぼれた、陽だまりにその猫はいた
それはまるで自ら輝いているようにも見えた
 
「やあ」
彼女は声をかけた
すると
「にゃぁ」
と短い返しがあった
彼女は『クスッ』と笑いながら足を進めた
その猫はスッと彼女を追い抜くと、行く先の石段を下っていった
立てた尻尾の先がちょっとだけ曲がっている
足にはクッキリとした足袋を履いていた
  
そんな後姿を見送った
急ぐ事もないと考え直して、お参りをした
就職の内定待ち以来かもしれないと思った
 
 
そしてさっき猫が下って行った石段に足を向けた
 
「こんにちわー」
「いらっしゃいませ」
小さな丸いメガネをかけたご隠居らしき女性が迎えてくれた
きっと若いころはもっとチャーミングだったのだろう
優しい笑顔が懐かしくもあった 
彼女は『かなわない』と思いながら笑顔を返した
 
ショーケースを端から順に眺めていった
色とりどりの和菓子たちが静かに、そしてきっぱりと主張している
 
「お急ぎでなければ お茶を差し上げましょうか」
その女性は穏やかな笑顔で、キョトンとしている彼女に声をかけた

「暮れにお帰りにならないのでお母様とても残念がっていらっしゃいましわ」

「母をご存じなんですか」

「ええ おばあちゃまのお好きだった物を 時折・・・」

『つながってるんだわ』

「小さな こんな小さな頃から、おばあちゃまに手をひかれて・・・おぼえていますよ」
その女性は微笑みながら、彼女にお茶を振舞った

お茶を頂いた後、祖母の好きな桃山と求肥を包んでもらい、若竹色の練りきりを一つ別にもらった

「また おいでくださいね」
その女性は、練りきりを別にしてもらったワケを知っているような笑顔で優しく言った

「はい 頂きに来ます 」
その女性に向かって、自分でも驚くくらい丁寧なお辞儀をしていた
 
店をでたところで

「まあ」
彼女が声をだした

「どうなさいました」

「この猫ちゃんはこちらの・・・」

ショーケースの脇から店先まで出てきた女性が口元を緩めた

「ええ 妙に鼻が利く子で、時折私にお客様のおいでを知らせてくれるんですのよ 今日なんて尻尾を立てながら得意そうに・・・」
そう言いながらしゃがみこんで優しくなでてやっている


猫は目を細めながら喉を鳴らした
ちょっとウインクされたような気がした
 
もう一度、いとまをして店を離れた
 
一つ別にもらった若竹色の練りきりを境内で食べた
さっきのお茶の香りがした
 
市街地を見渡せる石段からの景色は、陽の光が微妙に角度を変え、時間の流れた事を幾つもの窓が笑いながら教えてくれた

石段を降りきった彼女が石段の上を見上げると、あの和菓子屋の三毛猫がいた
彼女は小さく頭を下げてみた
猫はそれを確認したかのように、身をひるがえし視界から消えていった
 
先のちょっと曲がった尻尾を思い出しながら家までの路を辿った
 
和菓子を供え、香をたいた
そうしておいて、グラスを一つ添えた
祖母に何かを供える時の慣わしになっている
 
仏壇の下の観音扉を開け、古びたアルバムを取りだした
さっきの境内で撮った写真を何枚か見つけた
 
それぞれ、季節が違ったり、
小学だったり高校生だったり
Gパンにノースリーブ姿の彼女もいた
 
祖母は気が向くと彼女の写真を撮ってくれた
祖母と二人で写っている写真も何枚かある
きっと氏子さんの誰かに撮ってもらったのだろう
 
祖母はかなりハイカラさんだったのだ
カメラもグラスも良く似合っていた
その上、和服を着ると、日本そのものような女性だった
 
『みんな繋がっているのね 繋がっていくのね』
少し遅れた帰省
境内という空間が物事の繋がりを教えてくれているようだ
 
『心の芯の方まで緩んでいくみたい』
彼女はもう一度写真に目を落した
 
ふと、お茶の良い香りがしたような気がした
アルバムをしまい、手を合わせた
桃山がのった皿をもち仏壇を離れた

「お茶飲む?」

母とお茶を楽しむのも久しぶりだった

あの和菓子屋の事
あのご隠居さんの事
尻尾の先がちょっと曲がった三毛猫の事
きっと二人とも知っている事
 
 
 
 
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
みんな繋がっている
意識しているとしていないにかかわらず
誰かに そう 誰かに見守られながら
終わりのない時の流れを紡いでいく
生きとし生けるものすべてが
どこかで繋がっている  繋がっていく
誰かに見守られながら
 
 
 
きっと


have fun


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