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【ヴィジュアル系】支配したい麺と支配されたいギャ

この記事この記事の閲覧数が多いので

下の分別表を使ってもう少し突っ込んだ話をしますね

本命が 

というより一番通っているのが B~Cクラス という人が突然

Eクラスのライブに行くと落ち着かないはずなんですが

それはなんでかっていうと 物理的に「近っ」とか「少なっ」とか

そうゆう視覚的な感覚を通して感じているのが実は周波数の違いだからです

引き寄せ系の講師の方たちがこぞって口にしていますが

人は似た周波数及び波動の人 状況などが引き合いその中を生きていて

波動の違う人や空間の中に置かれるとそのズレを”居心地の悪さ”として感じとり

同じ周波数の空間に移動するようにできている のだそうです 

ですから当然ですが Eクラスに集まるお客さんとバンドは同じ周波数 波動です

EクラスにはEクラスの「波」があり

たとえCクラス顔負けの上手い演奏をしたり話題を呼ぶようなライブをしたところで

この「波」が変わらない限りはCクラスのお客さんが来たとしても居心地が悪いのと
他のお客さんとの波長にズレを感じるため一定期間を過ぎると来なくなり
その後もCクラスのお客さんが集まるわけではなく動員数も変わりません

どの規模にもEクラスに通うタイプのお客さんは一定数必ずいますが

前回書きました通り A⇒Eに向けてお客さんもバンドも自己肯定感が低い人だけに絞られていきます


  自己肯定感が低い=周波数(波動)が低い=承認欲求が強い


という公式で説明することができ
承認欲求をバンドとギャで互いに埋め合っている依存関係と言えます

毎回書きますが良い悪いではなくただの分析です 


わかりやすい例を上げるなら
ずっと言いたいことがある でもそんなこと言ったら叩かれるかな 自己中な発言かな
っていうようなことをTwitterに書いてしまった時

"こんなことをしてしまった自分はバカなんじゃないか"
"あの人たちにこんなこと思われるんじゃ"
"嫌われるんじゃなかろうか"

と 周囲の反応が気になって再浮上できなくなったり
逆に自分を正当化するために怒りを顕にしてみたりするのは

自分の行いを誰かにジャッジしてもらいたいという他者依存の心理が潜んでいます
この"ジャッジする人"="遡ると親のどちらか"だったりするために
自分ひとりで自分を許すことができず

親の代わりに「あなたはそれでいい」「あなたのしていることは間違っている」などとジャッジしてくれる人を探しています

これは師弟関係のようなもので殆どの家庭がそうだったのではないかと思いますが

親=支配者  子供=従事者 として育ったことが影響している可能性が高く

従事者は支配者の指示に従って自分の行いの良し悪しを判断するし

従事者は支配者の喜ぶ顔を見たいがために勉強やお手伝いを頑張るのです

これは通常反抗期などで親の支配から自立(自分が全ての権限を持つ)していくようになっているのですが

経済力や暴力などで成人後も親と子供は師弟関係にあるんだというエネルギーを持つ家庭の中では

自立したように見せかけても生活力のない時代と何も変わらず

自分の真ん中にいつも「親」を置いて判断を仰ぎます

大人になると無意識に この中心にいる「親」を彼氏や世間の声などで代用し

時にはどこかの神様を中心に置たりして他者 及び外側に自分が正しいか否かの判断を依存します

顕在意識上では「誰にも支配されたくない」と言いながら

無意識の領域では支配 ジャッジしてくれる人や何かを常に求めています


ドマイナークラスのギャさんはパワハラを受けてらっしゃる方や

仕事ができてひとりでたくさん抱えてしまう人が多いと思うんですが

これ実は同じことで

・権力を利用した上司に支配される 罵倒される

・仕事ができることで必要とされている感覚(そこに居て良い安心)を覚える

などといったこれも親と子の関係と同じ よくよく観察してみると

支配的な親であったり 愛してほしくて自分で何でもできる様を見せつけたりと

家庭で感じていたことと同じことを職場で感じていたりします

これは実際の親子関係の中で完了していない感情(怒り の下の哀しみ)が浮き出しているために起こしていることで

パワハラを受ける人は パワハラをする人 でもあります

この関係性ももちろん同じ波動 周波数です


反対に自己受容ができていて 自己肯定感が高いと
自分が何をしてしまっても嫌われないという自信があったり
叩かれても嫌われても一人ぼっちになっても大丈夫←厳密な説明はまた次回

という あくまで全てを自分ひとりのジャッジで判断することができ
そうすると
どんなに好きな人からの支配的な言動を受けても
それを自分の中に入れるか 入れないか を
自分で判断することができるため 基本的に外の声の影響を受けませんし

それゆえバンギャの動きを指定してきたり
お客さんに向けてああしろここしろという態度のバンドのライブを見ていると

居心地の悪さとして感じ取るため 結果行かなくなります

この記事でどうしてこんなに苛ついたかというと

このスタンスを除いては売れる要素しかないバンドなのに

クソほど売れないバンドがやることをしていることに歯痒さを感じたからでした これは私個人のエゴですので決して正論というわけではありません

これが自己肯定感の高さとバンドの規模の関係性の中身で

だから上に行けば行くほどバンド側からお客の動きを指示したりしてこない

これはお客さんが増えたからできなくなった のではないんですよね

ここがポイントすぎて!!!  書くの20回目くらい!!! 笑

先に‼ 先に規模の大きなところがしている スタンスにならないことには!!!  本当に何も変わらない


そうすると 技術を上げても努力をしても良い曲を作っても

”何もできない自分でも堂々と生きて良い”という肯定感が持てない限り規模を上げていくのは難しいということがわかると思います

脳科学的に証明されているそうなんですが残念ながら私その観点では説明できなく(笑)きっとそうゆうサイトいっぱいあるんで探してくださいw

ですからCクラスのお客さんがEクラスのライブに 同じ頻度で通うようなコアな動員になることは ほぼ無い と言えます


Eクラスが居心地が良い動員の人達は無意識下で他者からの支配をいつも待っているため
バンド側から要望を落とされたり 個人を特定して煽られたりしても

違和感を覚えない というか感じたとしても一瞬で掻き消して

好きな人に従おうとします

もうこれは習慣なので 本当に良い悪いではなく

ですから何度も書くんですけど(笑)バンドとギャは依存関係にあって

それでお互いに役得だったりもするのです


そこで何をすべきかもいつも書いていますが

今日はこの肯定感を上げる ことの前提に触れて終わりします 


前提として以下の考えを肝に銘じてください 

これが理解できないのならば従来の方法で努力したほうがいいです


●良いことも嫌なこともすべて自分が望んで起こしている と考える

●貫いている(けれどさほど状況が変わっていない)信念を捨てる


望ましくないことも自分が望んで起こしていると考えられないことには

望ましい未来にどうやって変えていくんでしょうか

何か大きな”状況”や”タイミング”の下入り込んで その時の人や状況に自分の幸せが左右されると考えるなら人生には不安や恐怖が付きまとい

怖いことにならないためにと充分に護った中でしか事が起こせなくなります

そして他人や状況のせいにして逃げることもできちゃう

今実力が認められなくて悔しい思いをしているなら

それも自分が望んでいること 

今パワハラに遭っているのならそれも自分が望んで起こしていると腑に落とすことです

これが最低ラインになりますので

次回ここに的を絞って記事としてまとめることにしますね 


また信念についてですが

以前も書いてますけれど自分がそう信じるならそうなります

本当にそれだけのこと

その信念で自分自身を縛っているだけなんで

それ本当に必要なのか自問してほしいと思います

その信念がなかったらどうなんでしょうか

自由だったらどうなるんでしょう

もし信じて行動してきて 何か大きく変わったならこれからもその信念を掲げて頑張ったほうがいいです

嫌味じゃなくて 信じていることが現実化するだけだからです



see you next spiritual.←こんな言葉あるのかな


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サンクスモニカァ~♡
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ヴィジュアル系ライブレポブログ SOLITUDE-klang(https://solitude-klang.com/) を書いてる人です(NLP認定心理カウンセラー/占い師/本業はツアー物販屋)公開ブログでは書けない本音と腹黒記事/心理学の観点から見たバンドの動向などはこちらで
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