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河村絢音による現代ヴァイオリン作品研究シリーズ vol.2 〜ヴァイオリンとクラリネット〜

曲目
トリスタン・ミュライユ:《円環の廃墟》Les Ruines circlaires  ヴァイオリンとクラリネットのための(2006)
中橋祐紀:《Shadow Dance》ヴァイオリンとバス・クラリネットのための(2024 委嘱作品、初演)
​ジャチント・シェルシ:ディヴェルティメント No.4  ヴァイオリンソロのための(1955)
夏田昌和:先史時代の歌 1  ヴァイオリンソロのための(1999)
エマニュエル・ニュネス:《対決Ⅰ》Versus Ⅰ ヴァイオリンとクラリネットのための(1982-84)

​出演
ヴァイオリン : 河村 絢音
《ゲスト》クラリネット:片山貴裕

「作品研究シリーズ」と銘打ったコンサートの2回目。全曲現代作品で、各曲について詳細な解説を載せたプログラムが配布される(委嘱作では作曲者へのインタビューも掲載されている)。作品をじっくり聴くための手がかりが用意されているのは非常にありがたい。

ミュライユ作品…ボルヘスによる同題小説のストーリーを音で辿っていくという趣旨のようだけれど、音楽自体は2つの楽器の音色の距離感に関心があると感じる。開始部のヴァイオリン独奏の中で奏でられるハーモニクスのうちのいくつかの音が、クラリネットそっくりの響きを再現する。これは、続く部分で、ヴァイオリンの音の中からクラリネットが静かに立ちあらわれることの先触れとなっている。一方、後段の、両者が盛んにやりとりをする部分では、今度はクラリネットがヴァイオリンの音を模す瞬間もある。音の繊細な響きに敏感な作家ならではの趣向である。

中橋作品…冒頭の弱音の部分、両楽器の音色が巧みに寄せてあっておもしろく聴ける。バス・クラリネットの奏する重音のうち高音の方がヴァイオリンと同じ音程になるなど、巧みに構成されており、難度は高そうである。終盤でのきついアタックなど、バス・クラリネットの特殊な奏法が散りばめられている。

シェルシ作品…1楽章冒頭の、ある音を中心とした展開は、繊細でおもしろい。続く2楽章はリズミカルという具合に、4つの楽章それぞれに表情が変わる。終楽章末尾の、鞭で打ち据えるような単音の繰り返しが印象的。

夏田作品…ヴァイオリンはごく限られた素材を、僅かずつ変化させながらひたすら反復していく。奏者は同時に足踏みをしなければならないのだけれど、そのリズムはヴァイオリンとは絶えず微妙に食い違っている。演奏至難とのことだけれど、聴いている方は奇妙なリズムがなんとも心地よい。夏田氏の作品は、聴くものを深い思索に誘い、聴く喜びを与えてくれる。演奏後のトークで夏田氏は、創作の際に心掛けていることとして、“作曲家は文学、絵画などさまざまなものからインスピレーションを得て作曲する。しかし、聴衆にとってはその場で演奏される音が全てである。それゆえ自分は聴衆が音楽のプロセスをできるだけ把握できるように作っている”という趣旨のことを語っていて、なるほどと思う。

ニュネス作品…終始ヴァイオリン・パートが軸となり、クラリネットがオブリガートのように付き従う関係に聴こえた。常に緊密なアンサンブルを要求される作品とおぼしい。中間部あたり、両者の動きが比較的静かな部分に引き込まれる。ただ、明確に区切られる部分間の変化がさほど大きくないため、全体としてはいささか長く感じられた。緊張感を途切らせずに走り切ったお二人に拍手。

河村氏はいずれの作品もじっくり読み込んでいることがよくわかる、実に明快な演奏。勘所をおさえていて、聴いていてなるほどと思う箇所がいくつもあった。力まず、しかしとてもパワフルな弾きぶりを楽しめた。片山氏は難度の高い作品を、至ってクールに、こともなげにこなしていて素晴らしい。

ここまで現代作に意欲的な若手がいらっしゃることは本当に嬉しい。今後も楽しみである。​(2024年7月13日 紀尾井町サロンホール)

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