映画の宣伝はさらに面白い。いま映画を取り巻く環境で重要な「マーケティング戦略思考」
こんにちは!Modern Age/モダンエイジ(以降Modern Age)」の映画オタク、栗原健也です。
はじめましての方に向けて自己紹介させていただきますと、Modern Ageは、株式会社トライバルメディアハウスにある、エンターテインメントのマーケティング支援を生業としている組織です。詳細は、下記をご覧くださいませ。
Modern Ageは、各エンターテインメントのファンインサイトの解像度が高いスタッフで構成されておりますが、私の最推しエンタメは「映画」。ということで、今回は映画のマーケティングについて書いていきます。
(余談ですが、映画×マーケティングをテーマに個人でもnoteを書いたり、雑誌『DVD&動画配信でーた』でも同テーマで連載をさせていただいたりもしているので、ぜひ覗いてみてください)
1.今回の記事のテーマについて
今回は、題して『これからの映画宣伝で重要な「マーケティング戦略思考」』。
先にお伝えしたいのは、我々も映画のマーケティングを何作品かご支援させていただいておりますが、当然ながら映画宣伝を専門としている宣伝プロデューサーさんをはじめとしたスタッフの皆さんほど解像度が高くない側面もあるかとは思います。
あくまで幅広い業界のマーケティングご支援をさせていただいている視点で、こんな整理ができるんじゃないか、こんな考え方が重要なんじゃないか、ということを書いてみますので、ぜひ忌憚ないご意見をいただき、一緒に議論させていただけますと嬉しいです。
2. 映画のヒットを左右するフレームワーク
さて、「映画は水物」と言われ、100%ヒットの再現性を高めることは難しいのですが、あくまで大雑把に決め手になる要素を上げてみたいと思います。コロナ禍など外部要因を除き、送り手側でコントロール可能な要素としては、下記になるのではないでしょうか。
まず最終目的となる「目的変数」は当然ながら「売上」。映画の場合は興行収入や動員に当たります。そしてその売上を決める中間の変数が、「出力変数」となり、Aは物理的にどれだけのスクリーン数を抑えることができているか、Bは機会があるごとにどれだけその作品を思い出してもらえるかです。(マーケティング専門用語だと、Aはフィジカルアベイラビリティ、Bはメンタルアベイラビリティといいます)。
仮に思い出してもらうためにTVCMを沢山打っていても、上映されている映画館が少なければ鑑賞されないですし、逆に沢山の映画館で上映されていても、「観たい」と思ってもらえていなければ劇場に人は来ません(来たとしても他作品に流れてしまいます)。そのため、出力変数A:物理的な「観られやすさ」(フィジカルアベイラビリティ)、出力変数B:心理的な「思い出されやすさ」(メンタルアベイラビリティ)、どちらもしっかりと押さえる必要があります。
そして、それら出力変数を決めるのが、「入力変数」である下記です。
出力変数との関係ですが、まずスクリーン確保(出力変数A)でみると、
・劇場側としては、当然有名な原作の映像化であれば観客が来ることも想像しやすいですし(①企画力)、
・オンライン試写などで事前に内容が確認できればその確信を強めることができます(②内容)。
・また宣伝活動を配給側が積極的にしてくれるのであれば、映画の認知度も高まり劇場に足を運ぶ人が増えてくれそうなので、より自分の劇場でその作品のためにスクリーンを用意したいと思うでしょう(③宣伝)。
また「観たい」という意欲獲得(出力変数B)との関係においても、
・例えば自分が観たことのあるアニメ、読んだことのある原作の映像化でしたらより観客は興味が湧きやすいですし(①企画力)、
・内容が良くクチコミが発生すれば、さらに意欲が高まるでしょう(②内容)。
・また多角的な宣伝活動によって作品の魅力を十分に伝えることができれば、より「観たい」という気持ちを後押しすることもできます(③宣伝)。
このように、入力変数:①企画力②内容③宣伝の掛け合わせによって、出力変数である、「観られやすさ」「思い出されやすさ」が変わり、それが最終の目的変数である興行収入に跳ね返ってくる、といった構造です。
「TVCMを打って認知度が高まったからヒットした」、「SNSの発信でエンゲージメントを獲得できたからヒットした」では原因特定解像度が低いのです。あくまで様々な変数が構造的に絡まりあい、ヒットが作られるということを理解しておく必要があります。
3.入力変数の強弱と現代の傾向
では、上記で解説した「入力変数」の中で、どの変数の影響力が大きいでしょうか。それは、やはり「①企画②内容>③宣伝」、となります。企画自体の魅力や内容の素晴らしさが無ければ、いくら宣伝活動に力を入れたとしてもヒットを導き出すのは難しいでしょう(これは映画やエンターテインメントに限らず、どんなものでもやはり商品力は重要です)。極端にいうと、企画も内容も良ければ、宣伝をしなくてもヒットしてしまうこともあります。
「宮崎駿監督の10年ぶりの最新作」という「①企画力」に、アカデミー賞を獲得するレベルに(これは後日談ですが)評価される「②内容」が伴ともなった『君たちはどう生きるか』。「『チェンソーマン』の藤本タツキ原作」という「①企画力」に、絶賛レビューを誘発する「②内容」がともなった『ルックバック』など、全くと言っていいほど宣伝活動を行っていない映画がヒットを飛ばしています。
そのため、強い人気を持つ原作マンガがTVシリーズ化する際にはもう製作委員会に入っておき、映画企画時の権利獲得を図ったり、優れたスタッフ・キャストをアサインして、いかにその企画の内容のクオリティを上げていくか、という方面に映画会社各社がしのぎを削っています。
※引用:東洋経済ONLINE|「君たちはどう生きるか」"NO宣伝戦略"の成功理由|https://toyokeizai.net/articles/-/687405
それは何も今に始まったことではなく、映画のビジネスモデル上、大昔からそうだったといえばそうだったのですが、特に「①企画力」のパワーが映画のヒットを左右する傾向が極端になったのが現代なのではないかと考えています。
※引用:映画.com|「鬼滅の刃」が初登場1位! 2位は「ガンダム」新作「仮面ライダー555」が6位ランクイン【国内映画ランキング】|https://eiga.com/news/20240205/26/
これには近年勢いが止まらない「推し消費」のメガトレンドが無関係ではありません。特定のエンタメ、作品、キャラクター、タレントなどに対する熱狂的なファンが、「推し」の活躍のために何度も劇場に足を運んだり、公開期間中何度も切り替わる「入場者特典」目当てで来場し、映画の興収を押し上げるケースが増えてきました。
圧倒的な知名度や熱狂的な「ファンダム」(ファンよりも熱量が濃いセグメント)を持つ「企画」を獲得し、入場者特典など費用対効果の高いインセンティブで後押しをすることで、必ずしも内容や宣伝に寄らず、ヒットを(それも場合によっては100億円超えのメガヒットすらも)見込むことができる。そんな状況がより顕著になったと言えそうです。
4.マーケティング「戦略」の重要性
では「宣伝」の意義は低くなってしまったのでしょうか。いえ、そんな「企画最強時代」の今こそが、最も宣伝の価値が見直されるタイミングなのではないでしょうか。
無名の監督やキャスト、ファンがついていない原作、オリジナル脚本など、いわゆる「企画力」が無くても、作品の内容が素晴らしく、もっと沢山の人に届ける価値のある作品は沢山あります。それでも特にシネコンで顕著な通り、近年は企画力のある作品にばかりスクリーンが割かれてしまうという劇場側の都合もあります。(出力変数Aのフィジカルアベイラビリティも「①企画力」フックにもぎ取られてしまう)。
そんな圧倒的な企画力のある作品に立ち向かっていくために、今こそ「③宣伝」、そしてその「戦略」がより重要になってくると思います。
抜群の企画力のない映画が活用できるアセット(資源)には限りがあります。TVCMを打つ、パブリシティで面をとる、フォロー&リポストツイートキャンペーンでSNSフォロワーを集める、など、従来の施策のクオリティを高めることも重要ですが、「そもそも」資源をどこに配分していくかの指針を考えることが重要です。
戦略を考えるうえで、重要となるポイントをいくつかご紹介します。
(1)やるべきこと、やるべきでないことを整理する
まずは大前提ここです。デジタルが発展した現代では、30年前と比較して施策の種類が膨大に増えました。極論、金銭的にも人的にもリソースを無限に使える場合は全てやるべきかもしれません。が、基本的にそんな作品は存在しません。作品の持っている強み、ターゲット、時期などに応じて施策を取捨選択し、選択と集中をしていく必要があります。
例えば、ほとんどの人は興味がないが、超ニッチなファンがいるようなテーマが題材の場合、たとえ予算が潤沢にあったとしても、TVCMを打つよりは、詳細なターゲティングができるデジタル広告を活用し、興味がありそうな人にリーチしていく方がいいでしょう。
また、ミニシアター系の作品でも入場者特典でステッカーなどを配布している例もよく見かけます。しかしながら、ミニシアターに来るような「映画好き」が特典目当てに来場するでしょうか。もちろん結果的に貰ったら嬉しいでしょうが、来場の直接の動機にはなりづらいと考えられます。その特典の制作費や各劇場への送付費をデジタル広告に回せば、数万レベルのインプレッションがとれていた可能性もあります。
ある程度「これは大体やるよね」という、型が決まっている一連の施策を、いい塩梅で配分するのが戦略ではありません。作品によって、やるべきこと、やるべきではないことを整理し、しっかりと「やるべきこと」に限られたリソースを配分していく考え方が重要です。
(2)短期と中長期のタイムマネジメント視点を持つ
続いて時間軸の観点です。生活者は日々忙しなく生活をしています。よほど強く興味を持っているものでない限り、数日、数時間、数秒で忘れてしまうのが人間というものです。そのためPUSHで情報を届ける広告出稿は、なるべく公開の直前期(公開1~-2週間前)、「観たい」と思ったらすぐに観に行ける状況で畳みかけるのがベストでしょう。
ただし、中長期で観客を「育成」していく観点も持つべきです。
映画の興行は連続性がなく、原則単発である性質上、短期視点が中心になってしまいますが、最近では中長期の目線で、製作過程から観客に関わってもらい、愛着を持って貰うことを目指すような試みも増えています。
今年11月に公開される『BLUE FIGHT』では、トークンを発行し、トークン保有者が楽しめるようなコンテンツを充実させることで、作品公開前から映画への関与度を高めていくことを目指しています。
※引用:【公式】FiNANCiE - フィナンシェ|朝倉未来の人生と重ねた映画BLUE FIGHTを制作するYOAKE FILMとは?【BreakingDown COO溝口勇児対談企画】|https://www.youtube.com/watch?v=-VyWCAyyq-8
また少し前ですが、2020年公開の『えんとつ町のプペル』でも原作・/脚本の西野克廣さんのオンラインサロン上で製作過程を共有し、映画の事前期待値を高めていました。
※引用:文春オンライン|「夢を信じているものは笑われる」西野亮廣のサロンにこんなにも支援者が集まる“本当の理由”|https://bunshun.jp/articles/-/47371
ここまでドラスティックにやるかは(俳優さんの事務所の都合や、洋画の場合は権利元の都合でできないケースも多いと思います)議論の余地がありますが、単なる情報告知をするだけでなく、独自のコンテンツを工夫するなど、SNSを上手く活用することができれば、観客とのエンゲージを地道に高めていくこともできます。
短期で「刈り取る」、中長期で「育てる」。両方を組み合わせたコミュニケーションの設計が重要です。
(3)ターゲット設計をより詳細に
続いて、誰を狙い撃ちするのか、ターゲット設計です。ターゲット設計には、大きく2種類あります。それが、「デモグラフィック」と「トライブ」です。
デモグラフィックは言うまでもなく、性別、年齢、居住地域、所得、職業、家族構成など人口統計学的な属性です。
トライブとは、「年齢や性別を超えて趣味嗜好で繋がった集団」を表す概念ですが、先ほど少し出てきた、「ファン」や「ファンダム」よりも、少し大きな母集団となります。
特に若年層の趣味嗜好はかなり細分化されていますから、従来の「F1」などの年齢/性別の区分でターゲティングしても映画への意欲を湧かせるのが難しいケースがあります。デジタル発展以前までは、こうした細分化したターゲティングがそもそもできず、マスに対して一方通行的なコミュニケーションをとるしか方法が無かったのですが、現代ではターゲティングを精緻化できるメディア、分析できる仕組みが整っています。
仮に熱狂的なファンやファンダムがついていないような企画だとしても、少しでも興味を持ってもらいやすいターゲットを狙っていきたいものです。趣味嗜好で繋がっていながらもファンやファンダムよりも幅が広い「トライブ」は、いい塩梅なのです。
デモグラだけでなく、トライブだけでなく、デモグラ×トライブを掛け合わせた設計をしていくべきでしょう。そしてメディアのターゲティングだけでなく、訴求するクリエイティブにもその方向性を反映していく必要があります。(トライブターゲティングの具体的な手法については、それだけで一本記事が書けてしまうのでまたの機会に)。
(4)逆算的な思考
最後に、フィジビリティを無視して理想論を述べてしまうと、映画の公開日から逆算して、何をいつにリリースするのか、施策を打つのかを設計しておきながら、製作途中からマーケティング活動を始めることがベストです。
基本的には、作品の製作と宣伝はチームが分かれており、作品の完成が近づき、ある程度公開日が見えてきたタイミングで宣伝チームが動いていくようなケースが多いと聞きます。しかしながら製作が終わってしまうと、宣伝を検討するうえで、いざ「あの素材が欲しい」となった時に、もう入手するのが困難な場合もあります。
また、もっと上流工程であれば、宣伝展開を考えた時に、ターゲットの観客にクチコミを上げてもらうくらいに自分ゴト化してもらうためには、「本当にこの脚本でいいのか」と立ち止まって吟味できるような機会もあるかもしれません。(もちろんマーケティングばかりが先立ってしまうと、作家性を棄損するケースもあるのでバランスは大事ですが)。
先ほどの時間軸との話とも重なりますが、できるだけ「逆算思考」で、どういった宣伝展開をしていくかを組み立てながら、中長期的に製作過程からマーケティング戦略を検討していくことが理想だと考えています。
最近は、映画や音楽、コンテンツIPなど、そうした立ち上がりの過程からマーケティングを一緒に考えてほしい、といったようなご相談をいただくケースも増えています。各施策ごと(例えばSNS運用やパブリシティ)にどのようにハックして最適化していくべきかはある程度ノウハウが溜まって来てはいるけど、何を、いつ、どこで、どのような目的でやっていくか、という「そもそも」を考える必要がある、といった問題意識が業界全体でも高まってきている実感があります。
5.結びに
以上述べた「戦略」の考え方ですが、私自身、エンタメはもちろん、大企業のクライアントのご支援の中でも日々勉強をさせていただいていますが、ブランドによっても商品によっても作品によっても、一つひとつ違うので本当に難易度が高いなと思います。
でも、このような「企画最強時代」に、宣伝活動をフックにヒットを生み出せたのなら、これほどやりがいのあることはないのではないでしょうか。もちろん前述の通り、どんな作品でも①企画力×②内容×③宣伝の掛け合わせでヒットは生まれるものですが、特に宣伝=マーケティングの影響力が相対的に大きくなっている作品でこそ、映画の上流から戦略を設計していくことが楽しめるのかもしれません。
とはいえ、作品に一番近しい立場の映画会社側、製作チーム側の宣伝チームが、自社内でこのような戦略を考え切るのも、やはり至難の業でしょう。そんな時、ちょっと客観的な目線が欲しい時に、ぜひ我々Modern Ageを思い出していただけたら嬉しいなと思います。
監督も役者も無名、原作も知らない、なんならオリジナル脚本。全くはじめましての作品。それでもふらっと立ち寄ったミニシアターで観たそうした作品で価値観を大きく揺さぶられたような経験を何度もしています。
圧倒的な企画力がなくとも素晴らしい映画は沢山ある。それがもっともっと沢山の人に届いて、その人の人生にポジティブな影響を与えてほしい。そう切に願っています。そのお手伝いをマーケティングの側から少しでもさせていただけたら嬉しいです。
「戦略を考える」と言っても、頭でっかちで他人事な「コンサルティング」をするつもりは毛頭ございません。どこまでも同じチームの一員として、とことん膝を突き合わせて考えさせてもらえたら嬉しいです。
長くなってしまいましたが、今回はここまでです。最後まで読んでくださり、ありがとうございました!
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