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【連載】しぶとく生きていますか?⑫

 どのくらいの時間が経ったのだろうか……….。

 真っ暗な空間の遥か先に、微かな光が点滅している。茂三はその方角に歩いていく。いつからこのように歩き続けているのか。

 プールの中で歩いているような感覚を覚える。多少膝を上げる時に抵抗らしきものを感じる。勿論水中ではない。茂三は両手で自分の両足胸腹そして顔を触ってみた。確かに自分の体である。両手で頭を掻きむしった。そして、大声で叫んだ。
「ここはどこだ! 俺はいったいどうなってしまったのだ」
 発した声が、どこへ行ったのか。無響室に入っているようだ。たまりかねて泣いてみた。声を出して泣いた。泪が頬をつたわる。泣き声が反響しない。漆黒のなかへ消えていく。

 前方のかすかな光は一向に大きくならない。
 ふわふわと歩いている周りの世界は、暗黒な空間だ。周りに壁があるとも思えない。大きな不安に駆られる。茂三はここで立ち止まってはいけないと思った。後ろから何者かにせかされるような感覚でまた歩き出す。すでに何時間も何日も歩いているように感じるが一向に疲れない。不思議だ。

 行けどもいけども、はるか先にあるように見えるその小さな光は点滅しているばかりだ。本当に歩いているのかさえ分からない。

 時間の感覚もない。今何年の何月何日かさえ判らない。どうしてこの真っ暗闇の中に入ってしまったのか。これから起こるであろう良からぬことを想像するだけで、身の毛がよだつ思いに駆られるのであった。このまま永遠に歩き続けなくてはならないのか...…。

 茂三は闇のなか、歩きながら考えた。かなり強い潮で沖合いに引っ張られたところまでは記憶にあるが、その後の事は、記憶から消えていた。今こうして、真っ暗闇の中を小さな光の方向に向かって歩いている。淑子や一茂はどうしているだろうか?

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