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ゴメが啼くとき(連載31完)

 二羽のゴメ(カモメ)が襟裳の風にうまくバランスを取り、舞い揚がりながら、啼いている。
「あのゴメは私とあんた」と、文江は勇に言った。夫の勇は文江を見つめた。
 その時、ドンとまた波が岩に打ちつける音がして、水しぶきが揚がり、虹が架かった。
 文江は、言葉を繋いだ。
「生きることは辛い事なのよね」
 文江は心で泣いていた。
 同時に相反する気持ちも沸き上がった。
「人生とは、いいものよ・・」文江の心は、大空を風に向かって悠々と羽ばたくゴメの姿と重なった。

 文江は、絵本の表紙が擦れて角が取れ、手あかで色あせた『孝女白菊』を手のひらで優しく撫でながら、満ち足りた表情を夫に向けた。

 最近、自ら創作した一編の詩を、文江は口ずさんだ。
 夫の勇は目を細め、沖行く船を見つめ乍ら、聴いている。
 二羽のゴメが二人の上空を、弧を描いて舞っていた。
 
ゴクヒンナレド タクマシク   (極貧なれど 逞しく) 
イキテイキヌク  ミサキノオンナ  (生きていき抜く 岬の女) 
クライランプノヒガトモリ    (暗いランプの灯が灯り)
アァ ナツカシキ フンコツ ヨ    (あぁ懐かしき フンコツよ)
          
トンネルイワバノ ガンコウラン (トンネル岩場の ガンコウラン)
エゾカンゾウガ カゼニユレ   (エゾカンゾウが 風に揺れ) 
キタノダイチノ ミサキノハズレ (北の大地の 岬の外れ)
アァナツカシキ エリモノカゼ ヨ   (あぁ懐かしき 襟裳の風よ)
          
トッカリ ナミマニカオヲダシ  (トッカリ波間に顔を出し)
ズジョウノゴメニ コエカケル  (頭上のゴメに声かける)
アブラコ、タカノハ、ハゴオトコ (アブラコ、タカノハ、ハゴオトコ)
アァナツカシキ ドンドンイワ ヨ  (あぁ懐かしき ドンドン岩よ)
      
イノチガケノ コンブトリ    (命がけの 昆布採り)
ヒトノスガタガ ナミマニウカブ (人の姿が 波間に浮かぶ)
イキヌクアカシ テノヒラミツメ (生き抜く証 手のひら見つめ)
アァナツカシキ オウゴンドウロ ヨ(あぁ懐かしき 黄金道路よ)
     

タクシー運転手が、文江と勇に向かって叫んでいた。   了
 

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