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サイコパスのイメージを捻じ曲げて、人々を鉄砲玉にする特権階級 被忖度罪

1、復讐
神は復讐してはいけないと言っている。

特権階級の不逮捕特権。
特権階級が逮捕されない、罰を受けない。
では、どうするか。
サイコパスが代わりに復讐してくれる。

2、サイコパス
この世に存在するモノは、全て神が何らかの意図をもって創った。
だから、「神がどうして創ったのか」と考える必要がある。
人間の勝手な価値観と気分で評価してはいけない。

サイコパスを「どうして神が創ったのか」と考えれば答えは見つかる。

特権階級は、既にサイコパスによって天罰を受けているのだろう。
だから、逆恨みして、サイコパスを無条件で叩くように世論操作する。
特権階級は、マスコミも支配していて、普段から世論操作をしている。

サイコパスの人口の割合は、100人に数人ぐらいという。
割と出会うと思うけど、サイコパスを悪く言う人は、死ぬほどの目に遭った事が有るだろうか。
そもそも、相手は、本当にサイコパスだったのだろうか。
テレビとかに出てくるサイコパスを妄信しているのではないのか。
そのテレビも特権階級の奴隷なのだから、テレビの言う事なんか、特権階級に好都合な事しか言わない。

だいたい、サイコパスも性格は千差万別だし、生まれた環境も、育った経緯も違うのだから、サイコパスを全て一緒くたにして語っている時点で、サイコパスを悪者にする理屈は戯言である。
全てのサイコパスが同じ才能で同じ幼少環境の条件なら、サイコパスを悪者にするのも成立するのだろうけど、そんな条件は有り得ないから、サイコパスを悪者にするのは虚言である。

3、世論操作
特権階級の権力が通用しないサイコパスのイメージをネガティブに操作する。

特権階級に好都合な存在はポジティブにイメージ操作する。
特権階級に不都合な存在はネガティブにイメージ操作する。
元から、特権階級は都合でイメージ操作する。
世間にとってイメージの良い存在は、特権階級がポジティブにイメージ操作した結果である。
世間にとってイメージが悪い存在は、特権階級がネガティブにイメージ操作した結果である。

4、不買運動
不買運動の時も説明したけど、無暗に敵対すると使い捨ての鉄砲玉に仕立て上げられてしまう。
商品は、自分に必要かどうかで勝つかどうかを決めろ。
人間は、自分に必要かどうかで付き合うかどうかを決めろ。
世間の評価で不買運動をしたら特定の国家に恨まれる。
世間の評価で態度を決めると相手から恨まれる。
相手の性根で判断する場合は、性根が悪いなら徹底的に咎める。

世間がサイコパスを叩いているからと言って、自分まで叩くと、サイコパスから反撃を食らって死ぬ。
特権階級が世論操作をしているのだから、世論を妄信していると使い捨ての駒にされる。
他人の言う事をに従って、いつの間にか鉄砲玉になっているのだから、人生が失敗するのは当たり前だ。

5、不自然
特権階級が不自然にサイコパスを叩くから、サイコパスが増える。
異常に叩くから、サイコパスに憧れる人が増えて、憧れで結婚して、増えていく。
アウトローや極端な人間に憧れる人は多い。
しかも、サイコパスは別に自分から悪行をするわけではないから、アウトローへの憧れの上に、割とまともそうな付き合いができるため、結婚する人は多い。
世間が毛嫌いする人間を求める人は多い。

6、無条件
アグルはサイコパスみたいだ。
アグルの託宣である箴言の30章に次の事が書かれている。

まことに、わたしはだれよりも粗野で
人間としての分別もない。
知恵を教えられたこともなく
聖なる方を知ることもできない。

箴言 30章2節3節 新共同訳

「人間としての分別もない」と書いてあるから、サイコパスである。
「聖なる方を知ることもできない」とあるから、感受性が無い。
「聖なる方」である天の主を崇拝する感受性と能力がない。
偶像崇拝をする感受性があれば、神を崇拝する感受性はある。
アグルは天啓を受けているから、サイコパスで、神を崇拝する感受性が無くても、天国へ入れる。
だから、「サイコパスが地獄へ落ちるかも」と心配する必要はない。
この世の全ては神が創ったのだから、この世に存在するモノは神が何らかの計画で創ったから、「神がどうして創ったのか」という観点で考えれば納得できる。

金持ちとラザロの貧者ラザロは、極貧で、服を変えず、食事も変えず、家も借りれず、治療費も払えず、守ってくれる人がいないから、神を信じている描写が無くても天国へ無条件で入れた。
アグルやサイコパスのように、神を信じる余裕・能力・感受性が無ければ、無条件で天国へ入れる。

7、聖書に基づく
聖書に基づいて判断すれば、サイコパスへの評価を間違えずに済み、自分が特権階級の捨て駒にされない。
聖書を全く読まないから、特権階級の鉄砲玉に利用される。
間違った理屈は言うだけでも危険である。
一度でも匿名掲示板などで書き込むだけでも、その意識が自分の中にこびりついて、冷静な判断ができなくなり、言動に現れて、勘づかれて、反撃を食らってしまう。
自分の中にこびりついた洗脳を解除するには、逆の言葉をどこかへ書き込むしかない。
良いように特権階級に洗脳されているから、人生が行き詰まる。
作らなくていい敵を作るから人生で失敗する。
作るべき敵を作らないから人生で失敗する。
矛先を向けるべき相手に矛先を向けないから被害に遭う。

8、詐欺師
特権階級に不都合な存在をネガティブにイメージ操作する。
詐欺師を悪いかのようなイメージ操作するのは、特権階級の獲物である人々を横取りするからだ。

9、忖度される罪
世論操作の命令をしていなくても、金と力を持っている時点で、人々が忖度するから、命令しているのと同じだから罪になる。
だから、神は金を捨てろと何度も聖書に書く。

聖書には、金銀がさびる話が出てくる。
金銀銅はさびにくいし、さびても価値はなくならない。
鉄などで作った鉄銭だと、錆びると価値がなくなる。
なぜ、金属によってさびで価値がなくならないのと、なくなるのがあるのだろうか。
それは、製造コストによる。
金銀銅は、製造コストが2だとしても、1000、100、10の価値があるため、さびても溶かして作り直せばいい。
しかし、鉄の場合だと、製造コストが2で、鉄の価値そのものが2や1だったりすると、さびると価値がない。
日本でも1円玉は、製造コストが1・2円ぐらいするらしいから、1円玉を集めて溶かしても損しかしない。
だから、鉄銭がさびると、価値がなくなる。
昔は、鉄銭が錆びたり割れたりすると価値がなくなる「悪銭」と呼ばれる事が有る。その悪銭は2枚で1枚の価値になったり、5枚で1枚の価値になったりする。

聖書には「金銀がさびて訴える」と書かれている。

金銀もさびてしまいます。このさびこそが、あなたがたの罪の証拠となり、あなたがたの肉を火のように食い尽くすでしょう。あなたがたは、この終わりの時のために宝を蓄えたのでした。
御覧なさい。畑を刈り入れた労働者にあなたがたが支払わなかった賃金が、叫び声をあげています。刈り入れをした人々の叫びは、万軍の主の耳に達しました。

ヤコブの手紙 5章3節4節 新共同訳

金銀はさびにくいし、錆びても価値を失わないのに、ワザワザ金銀がさびると書かれるのは、何らかの意味があるはずだ。
「返り血で錆にしてやる」という言葉がある。
金属のさびになるということは、何らかの流血がある意味も含まれるかもしれない。
金持ちが金銀を溜め込むと、その金銀の力に対して人々が忖度するから、誰かが犠牲にされている危険性が高い。
「このさびこそが、あなたがたの罪の証拠となり、あなたがたの肉を火のように食い尽くすでしょう」と書かれているから、人々が忖度するほどの財力が罪となる危険性が高い。
「金銀の錆」とは「人々が忖度する財力」の意味があるのだろう。
忖度されるのも罪になるのだろう。被忖度罪。

10、国家主義
国の恥とか言う国家主義は気持ち悪いのだから、大バッシングされるのは当たり前だ。
どこの国の国家主義者か知らないけど、国を持ち出して恥がどうとか言うような感性は、気持ち悪い。
国家主義者は、気持ち悪いのを自覚した方がいい。
全員を国の責任者みたいな言い方をする「国の恥」とかいう奴は、個人に人格が存在する事実を認識できないから、気持ち悪いのである。
根本的に気持ち悪いから、袋叩きにされる確率は高いのは自覚した方がいい。
個人の人格を認識できない奴は気持ち悪い。
一枚岩でもないのに一枚岩みたいな洗脳をする奴らは、気持ち悪い。
国家主義者の発言に違和感が湧かない人も同類である。
国と個人を同一視する発言の気持ち悪さを違和感なく聞けるようなら、国家主義に洗脳されているファシストだと自覚した方がいい。
極道・特殊な業界の構成員・公務員だと、国と自分を同一視されても違和感を抱けないのだろう。自分と集団を同一視するように洗脳されているから、違和感が判らないのだろう。
そもそも、国に恥なんかない。国は人ではないのだから、恥などない。全ての国はサタンの手先なのだから、自分と国を同一視してはいけない。

そして悪魔は言った。「この国々の一切の権力と繁栄とを与えよう。それはわたしに任されていて、これと思う人に与えることができるからだ。

ルカ福音書 4章6節 新共同訳

全ての国はサタンから権力を与えられた人間が権力を握っているから、全ての国はサタンの手先である。
しかし、制度に従いなさいと聖書に書いてあるから、制度(法律)に従うのは良い。

新約聖書:ペテロの第一の手紙:2章:13節
あなたがたは、すべて人の立てた制度に、主のゆえに従いなさい。主権者としての王であろうと、

制度は法律とかの事であり、責任の所在が明確なモノである。
政治家の個人的な命令やお願いに従ってはいけない。
制度以外に従っても神の罰はないだろうと思うのは、浅はかである。
制度に従えとは、制度以外に従ってはいけない意味である。
政治家・学者・テレビ・家族・世間などの言う事に従ってはいけない。
制度に従えと神が言ったのは、信者がこの世で暮らしていけるようにするために恵みである。
制度以外に従ってはいけないから、権力者・有力者・金持ちに忖度するのも当然いけない。

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