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言ってはいけないの追加と謝罪 破れと求めて破ると潰す ハブる材料 神を忘れさせる競争

1、言ってはいけないの追加と謝罪
昨日、書いた、パウロの立場で言ってはいけないセリフ、の追加。

悪人が善い事を言ってはいけないわけではない。
単純に逆効果になるという事だ。
ちょっと間違っていたから謝罪する。申し訳ありませんでした。

悪人が口先だけで善い事を言っても善人だという根拠にならない。
口先だけなら何とでも言える。
ファリサイ派も口先だけ善い事を言うけど、実行しない。
パウロはファリサイ派の出身である。
多分、パウロは、発言者の発言資格というモノを全く考えられないタイプなのだろう。ファリサイ派が口先だけなのに、何の疑問も抱かないで妄信していたのだから。
別に逆効果の発言をしても、受け取る方の問題なのだろう。

聖書では、怒ってはいけないと書いてあるけど、怒らせていいとは書いていない。

入ろうとする人を入らせないのは、ダメだと神は言っているから、パウロの言動はかなり危険である。
本人は妨害する意図がないから、ギリギリ大丈夫だろうけど。
パウロの実家はユダヤを売り飛ばして市民権を貰う売国奴で、パウロは実家と縁切りもしないで恩恵を受けている加害者なのに、売国の被害者に対して「憎んではならない」とか言うけど、善い事を言う分には赦される。
良いかどうかは別。
悪人が善人に善い事を言うのはギリギリ許される。
ただし、善い事を言っても善人と評価される理由にはならない。
加害者が被害者に対して「憎んではならない」と言うだけならギリギリ赦される。
神経を逆なでして激昂させる危険性があるけど、神に立ち帰る人なら自分への加害を赦すし、立ち帰らない人の激昂を招いて復讐されても、言ってはいけない言葉を言った加害者の本人の自己責任である。

パウロの言動は、ギリギリで赦されるラインの目安になる。
悪人でも神の教えを言うのは赦されるのだろう。

パウロを信じるのはともかく、パウロを聖人だと妄信していると、何も判っていないとサタン側に判断されて、餌食にしやすい。
パウロを上限にすると天国へ入れる範囲がギリギリになる。
ましてや、偽装キリスト教団のパウロカルトを妄信していたら、どうなる事やら。
師と同等に成れると聖書にあるから、パウロを信じて努力するなら天国へ入れるけど、パウロカルトを妄信したら努力しても天国へ入れない。
前に、パウロを信じても天国へ入れないと書いたかもしれないけど、そこは間違っていたと思うから訂正する。申し訳ありませんでした。

パウロは「自分の立場で言ってはいけないセリフ」が判らないから、自分がやってはいけない事も判らないため、人を殺す。
実質的に自分が殺したのに、賛成しただけと言い逃れする。

また、あなたの証人ステファノの血が流されたとき、わたしもその場にいてそれに賛成し、彼を殺す者たちの上着の番もしたのです。』

使徒言行録 22:20

集団リンチで自分が決定権を持っていたのに、遺族に謝罪するどころか、自分は殺してない、と言い逃れする。
パウロの実家はユダヤ社会でトップ10に入る権力と財力がある。
だから、パウロはステファノ殺害計画の場で最も権力があるため、賛成したら実質的に殺害命令を出してるのと同じである。賛成していただけと言い逃れをしても通らない。
死人は何の抗議も出来ないのに、死人に口なしをいい事に言い逃れをしている。

神に立ち帰っていない時のパウロは、ファリサイ派を妄信していたから、やってはいけない人殺しをしていた。しかし、神に立ち帰ったから、人殺しはしなくなった。
だけど、人殺し以外の問題行動は直らない。
ファリサイ派は旧約聖書の範囲だけだから、異教徒や背教者を死刑にするため、ファリサイ派のパウロは殺人をしていた。

実家と縁切りしたら、実家の売国による加害行為とは無関係になるから、売国の被害者に対して「憎んではならない」と言ってもいいのだろうけど。縁切りしてない感じだから、言えば特定の人を激昂させる。

あの知事の都道府県の住民は生活が破綻するだろう。
自分の金と逆恨みで身内の部下を殺すのだから、まともに生活できない。
ヘロデ王も赤子を皆殺しにするし。
トップが自分の利益のために身内を殺していたら、社会生活なんかできなくなる。
パウロは、ファリサイ派としての妄信で、正しいステファノを殺害したから、ユダヤ社会の人々はまともに生活できない。
ヘロデ王のようなのが王になるからユダヤが滅びたのか。ユダヤが滅びるようにローマ帝国が侵略したから、ヘロデ王のようなのが権力者になったのか。

パウロは殺人をして、特に何の罰も受けていないから、トップレベルで権力のある実家なのだろう。
今の日本でも勲章を持つだけで母子を轢き殺してもお咎めなしになる危険性があるぐらいだ。

パウロカルトを妄信しても天国へ入れないと思うのは、狭い門から入れないと思うからだ。

マタイによる福音書 7:13
「狭い門から入りなさい。滅びに通じる門は広く、その道も広々として、そこから入る者が多い。
ルカによる福音書 13:24
「狭い戸口から入るように努めなさい。言っておくが、入ろうとしても入れない人が多いのだ。

狭い門とは、1人ずつしか入れない門の事ではないだろうか。
集団で入れる広い門は地獄へ落ちる。
だから、パウロカルトのように2人以上で妄信しないと入団できないようなモノだと、100%地獄へ落ちる。
狭い門は1人ずつ入るから100人が100回に分けて1人ずつ入るなら入れるけど、広い門は2人以上が同時にくぐれるけど地獄へ落ちる。
まあ、俺がそう直感的に思っているだけで、根拠はないけど。

2、破れと求めて破る奴を潰す
制度に従いなさいと聖書にあるのは、信者が暮らしていけるようにするためだ。

サタン側は制度や法律は作るけど、人々に法律を破るように唆す。
しかし、本当に法律を破る奴に対しては、癇に障るから、潰しに掛かる。
ムチャクチャと思うだろうけど、サタン側とは、そういう集団だ。
悪魔に魂を売る奴は、それが判っていても出世したいから魂を売る。

3、ハブる材料
仲間外れをチラつかせる背教者たちは、背教コミュニティーに所属するのが取引材料になると思っているのだろうか。
地獄へ落ちるのにプラスだと思っているのか。
マイナスの癖にプラスだと思っている奴。
デメリットしかないのにメリットだと思っている奴。

こういう連中は、正しいから集合するのではなくて、集合するから正しいと思い込む。

自分が欲しいモノを他人も欲しがるとは限らない。

4、神を忘れさせる競争
天の主を忘れさせる競争が千何百年前の日本で始まって、それで何千何万と乱立して、神道が天の主を忘れさせたから、サタン側から日本の支配権を褒美としてもらったのだろう。
神道は大して戒律もないのに、戦争の殺し合いに勝ち残れるのが土台おかしな話である。

前に書いたけど、神道とは雰囲気が全く違う風習やイベントが日本中に残っているのは、そのためだろう。

日本人は民族性として、無戒律で誘惑されると、戒律のある天の主の教えを忘れるのだろう。
日本人は生真面目だから、「天の主の教え」以外の厳しい戒律を作って強制すると、生真面目な性分を発揮して色んな戒律を調べだして、天の主の教えにたどり着いて立ち帰るのだろう。
だから、サタン側は、日本人が神を忘れるには、甘やかしたり厳しくしない方が効果的だと判っている。

戦争で勝って日本を統一したのではない。
サタン側が褒美として与えると決定した後で、サタン側が褒美として与えた事がバレないように、それっぽく戦争で勝てたように八百長戦争をしたのである。
今の戦争だって全て八百長戦争だから、戦争をする前から勝者は決まっている。

忘却の神の戦い。

神を忘却させるための利権争い。

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