(少数)意見というのは


たとえば、子供の制服がいけないとなれば、自由に着させるし、不潔になるからよい、というだろう。

間違いではないが何だか嫌な感じがする。

自由というのが難しいのは、自由の中で自分自身で決めて、やっていかないとならない、本来は重い作業なのだ。

逆に制服のような型にハマったものは、良くない…確かに良くはないし、統率も過ぎれば独裁をイメージさせる。

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上手く言えないが、現代で良くないのは自由であり、それを表現したり、突き通せる(良くない)強さが蔓延っていると、感じる。

これは、容易に政治的な話や格差などに繋がるから、難しい。

自由というのが、自己コントロールよりも、まず自分が要領よく得たり、時に全体から先に先に物事を得たりと、自分中心になりやすいことだ。

10年くらい前、自由にするのが良いという雰囲気があったが、どうだろう?

風潮的には新自由主義が始まり出した頃だろう。

しかし、結果的に自由を謳歌するには、それなりのパワーや能力、それを続ける力がなければならないし、それをどう使うか?というのも、問われないで今に至っているように見える。

従って、その内容の吟味やプラスマイナスを考えなければ、容易に過去の型に嵌った風習を壊しただけとなる。

某医師などは、個性をやるには強さが必要といい、古い型式を破ることに積極なな考えをしていた。

しかし、破るはいいが、問題はその内容と、やる者の性質だろう。

必ずしも、その者が善玉とは限らない。

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