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12/1 『新装版 タイム・リープ あしたはきのう』〈上〉〈下〉を読んだ

今からおよそ20年近く前、中学生の時に図書室で図書当番のかたわら読んだ思い出。……もしかしたら高校生の時だったかもしれない。その場合はおおよそ17年前。読んだのはその一回きりだったのに、「貸しましょうか?」とか、若松くんのじっと見つめる癖だとか、日記のメッセージができるくだりとか、印象に残り続けてるシーンが多々ある。さすが伝説の名作である。今回新装版が出たのを見て、懐かしくて即買いした。
あくまで思い出の振り返りのため、本そのものを楽しむよりも記憶との歓談を楽しむために読むつもりだったが……これがまあ、実に面白かった。上下巻合わせて2日くらいで読んじゃった。うむ、展開や結末を知ったうえで読み直すことで改めて面白さを感じられる作品だということは、20年前に読んだ時点でわかっていたけど。最初に読んだときは気にならなかった細かな言動や病者のあれこれが、読み直すことで全然違った意味になったりよくわからなかったことが理解できたりして、複雑に散らばったパズルのピースがぱちぱちと綺麗に嵌め込まれていく快感を味わえる作品だということも、今までにさんざん言われてきただろうしそうなんだろうなと思っていたけど。……まさかこれ程までに、そのままそうだとは。「パズルのピースが嵌まっていく感覚」なんて、本文中ですらそう言われてたのに、マジでそうだったもの。脳が大興奮したもの。図書当番のかたわら読んでいた思い出も麗しいものではあるが、ちゃんと本を家に置いて、何度も読み返してこそ面白い作品だったのだな。
一方でやはり当時のことを思い出しながら読む楽しみもあって、個人的に一番盛り上がったのは、土曜日の章になったときだった。土曜日も平日と同じように学校に向かってて、その上で本来は今日はお弁当いらないみたいな描写があり、一瞬ん?どういうこと?と思って、その後すぐアッ半ドンか! と思い出した。土曜日は半日授業だって制度、俺自身も小学校まで……いや中学までだったか、経験していた筈なのに、すっかり忘れていた。これ何か一言くらい加筆で添えておかないと今の若者読者は混乱するんじゃないかな……と思ったのだが、ちょっと調べてみたら、なんと今コロナ禍の影響で土曜に半日授業を復活させてる学校もあるのだという。なんつーか……意図せず辻褄が合ってしまう感覚。初読時の、日記のメッセージが出来上がったのを見たときの気持ちが甦ってくるような。
その、日記のメッセージの場面。やはりここが一番好きな場面になる。タイムリープ現象の解決のため、あれだけ気を付けていた「過去を変えない」「未来を変えない」「未来の行動を知ってしまったら、その通りに行動しなければならない」というルールを一気に無に帰してしまうような、いや当人たちは必死の思考と努力の結果としてそれを掴んでいるのだけど、メタ視点から見られる読者からは神の見えざる手を認識してしまうという、冷徹なこの……何か。興奮とか、ゾッとするとかいうのでもなく、初めて読んだときも「あー、なるほどね。そういうやつね」みたいな、妙に冷めた納得を得た記憶がある。欲を言えば上下巻の分かれ目もこの場面にしてくれたらよかったな、などと思ったが、さすがにボリュームバランスがひどいことになってしまうか。
最後にして最初のタイムリープ。それが起こったのは、やはり若松くんがどう答えるのか、彼の過去のトラウマなども知ったうえで答えを待つ、その危険でこそないが未知なる未来への恐怖がタイムリープ現象発動の閾値を超えたから、なのかな。そして日曜日における人生最大の危険、恐怖から土曜日のキスの直後へと跳んだのは、その若松くんの答えが人生最高の安堵をもたらしたから、なのかも。恐怖と安堵の地平線、それを生み出す少女の恋心が、世界や時間の法則をもかき乱したというのなら、これほどエモいことはない。
あとがきというか思い出話にあった続編構想も、面白そうだな。折角だからその2パターン合わせて、タイムリープ能力で悪さする奴を若松くんがウルトラ頭脳で解決する話にしたらいいじゃない。時間能力者に頭脳(と、要所でタイムリープ能力を用いて意識的か無意識的か重要なヒントを与える翔香助手)で立ち向かう若松くん。燃えすぎると思う。そう、再読を通じて俺は完全に若松くんにできあがってしまった。
ともあれ、20年の時を経た『タイム・リープ あしたはきのう』、色褪せぬ面白さだった。また20年後に読んでも面白いだろう。

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