見出し画像

言葉に出来ないものが好き

こんばんは、もちまるです。

今回は、少し深い話。

私は、言葉に出来ないものや事が好きです。

絵画や音楽といった芸術、文学、景物など…

「きれい」とか「面白い」という一言で片付かないものが好きなのです。

私が特に好きなのは、日本文化。

気づいたらなぜか日本文化が好きでした。

日本文化のもとをたどると、海外のものより派手さがありません。

もちろん、蒔絵や平安時代の十二単などは
ぱっと見てその美しさが分かるものもありますが、
海外のアートと比べると落ち着いている印象があります。

その地味さや落ち着いた感じが好きなんです。

枯山水などは、それこそぱっと美しさがわかるものではないですよね。

考えないとその美しさがわからないものであり、
一言で表せるものではありません。

じっくり目の前のものに向き合って見つめることによって、
自己の中に生み出される、感覚を捉えた時、
深い世界の中に迷い込むような感じになります。

奥深くにある、美しさやそのものの息衝きを感じた時、
物事の真理のようなものに近づく感覚がある。

歴史の歯車の中に自分が入りこんだような、
はたまた自分が歴史の一部になるような。

それは簡単に言葉で表現出来るものじゃないんです。
体の中に響かせるもの、というような。

ひとたびその美しさを言葉にしてしまうと
それは一つの「概念」になり言葉という中にとらわれます。

もっと別の見方が出来るものも
言葉というものを通して1つの見方しか出来なくなる。

それは非常に勿体無いことですし、
自分自身の感性を薄くしてしまうことだと思っています。

勿論、論文を書く時などは、必死に言葉を探して書かなければいけないのですが、それまた難しい。

なぜなら自分の思っているように表現出来ないし、
読み手の人にとっては別の印象を与えてしまうこともあるから。

だからこそ、「言葉」がない方が良い事もたくさんある。

芸術や文化に関わらず、何事に対しても言葉にしない良さ、とか大切さがあるような気がします。

何でもラベルをはって、評価しがちな世の中ではありますが、

・あえて「言葉」という概念に当てはめない
・ラベルを貼らず、評価もしない

そんな見方があっても良いかなと思います。

ケースバイケースではあるのですが😌

今日は、最近感じていたことを書いてみました。

ちょっと哲学的ではありますが、
そういう深い事を考えるのも好きです。

最後までお読みいただきありがとうございました😊



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?