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みどり

 僕が今、一番楽しみにしているものは、部屋に飾ったシャクヤクが花を咲かせることだ。近所のスーパーで「びっくりするほどしっかり咲きます」と書かれて売られていたのだから、さぞかし大輪の花を咲かせるのだろうと期待している。何色だろう。何輪咲くのだろう。どこから咲くのか知らん。書いている今もワクワクとした期待に胸を膨らませている。
 シャクヤクは日々若芽を伸ばし続けている。ぴしりと束ねられたシャクヤクは、はじめのうちはとても平面的に見えた。それが次第にもりもりと葉を伸ばして、立体的な造形に変わりつつある。青々とした葉の成長する様子を眺めては「今日もこんなに大きくなっている!」と喜ぶのが日課となっている。
 緑色にちがいがあることをはっきりと認識したのは、中学校の写生大会のときだった。近所の神社の境内へぞろぞろと出向いて、そこで絵を描いた。空は青、海も青、山は緑で木も緑。僕の描く絵はそのようなものでしかなかったから、このときまでロクに周りを見ていなかったのかも知れない僕は。「緑は緑で、こんなに緑なのか」と呆然とした。僕は色づくりがとにかく下手くそなので、思うような緑色が作れず非常に困った記憶がある。田んぼで父親の手伝いをしていた時に見た緑も、そういえばぜんぜんちがう色だった。学校までの坂道を覆う木々の緑だって、そう。記憶の中の緑が次々と浮かんでくる。緑、緑がひとつ、ふたつとスッ、サッ。そうしているうちに、緑はやがて透明になってしまった。
 昨日見たシャクヤクも、今朝見たシャクヤクも、一週間前のシャクヤクも、みながみな愛おしい。昨日の緑は今朝の緑より淡く、今朝の緑は一週間前の緑より深い。…気がする。その瞬間に見た緑を僕ははっきりと思い出すことはできない。でも今見ている緑から、なんとなく思い出す緑がある。その緑がいい。ここに花まで咲くのだというから堪らない。そのとき緑はどんな緑に見えているのだろう。

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小学校教諭(国語・劇)。学校が好きなインプロバイザー。 教室と舞台、二足のわらじを履いています。晴れときどき曇り。
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