100の褒め言葉より1の誹謗中傷が心に残る
最近、ニュースなどでも盛んに取り上げられているが、人のことを考えない心ない言葉がなんと多いことか。
(心の声:SNSって匿名のように見えて、ちゃんと調べればそんなことはないからな!)
例えばTwitterやYoutubeといったSNSだと、相手があまり人間らしく思えないのは事実。でも人間。ちゃんと息をしている人間なのだ。
100の褒め言葉より、心ないたった一言が人に傷を負わせる。
程度に差はあれど、わたしにもそんな体験が多々あるので、もし無意識にこんなことを言っている人がいたら少しだけ、ほんの少しだけでいいから気を付けてほしいと思う(※実はちょっぴりナイーブ)。
大人まで遠ざけていた"緑色"
わたしは大人になるまで、緑色の小物や洋服が身に着けられなかった。その色自体が嫌いだったわけではない。
たった一言。
「もかって緑色あんまり似合わないね〜」
幼いころ、母に言われたその言葉がずっと頭にあって、「お母さんが言うんだからそうなんだろう」と、ときに無意識に、ときに故意的に避けてきたのだ。
なんでもないと思って生きてきたし、緑色の洋服が着られなくて困ったこともないのであまり気にしていなかったが、当時はそれなりにショックだったのかもしれない。
人の潜在意識というものはおそろしい。そんなのをいつまでも覚えているんだから。
やがて成長し、海外で就職した。当時は経済的余裕がなく、わたしがオフィスで着ていたのはいつも知人からもらったお下がりの服。
ある日、オフィスで撮った写真を母に送った。「元気でやってるよ」という意味も込めて。
その日の夜、母から返信がきた。
「もかが緑色の洋服着るなんて珍しいね!」
しまった、と思った。海外生活が長いあまりすっかり忘れかけていたけれど、わたしに緑色は似合わないと言われたんだった。
しかし、母の言葉は予想外にこう続く。
「似合うじゃん! いつもはもっと赤とか黄色とか黒の服(どれにしても原色系)ばっかだから、緑嫌いなのかと思ってたわ!」
なんと、母は自分が娘に放った一言をまるで覚えていなかったのだ。
「お母さんに緑似合わないって言われたから避けてたんだけど」と言うと、すっかりとぼけた絵文字とともに「そうだっけ? じゃあその日はたまたまそう思ったんだよ、きっと」と返してきた。
これに、過去経験してきた学校のいじめ問題が重なる。
そうだ。言ったほう、やったほうはいつだって覚えていないのだ。なんて質の悪い!
その日から、わたしは緑色を避けるのをやめた。
わたしは豚鼻
日本の高校に通っていたときにわたしが所属していたのは、硬式テニス部だった。運動は嫌いだったけれど球技は好きだったし、少し経験もあった。
なんといっても仮入部が楽しかったのが、要因のひとつと言える。
ただし、仮入部なんてどこも初心者でも楽しめるお遊び程度の簡単なことしかさせないに決まっているのだ。それにまんまと騙されたわたしは、入部を決意した。
そしていざ蓋を開けてみたら、女子部は団体戦に出られるギリギリの人数しかいなかった。つまり、初心者であろうと最初からレギュラーになれる(ならなければいけない)ということだ。
これを人がどう見るかはわからないが、わたしにとっては最悪な事態だった。
まず、とりあえず経験者とのレベル差を少しでも埋めるために、個別のトレーニングメニューが組まれる。ほかの人がサーブ練習をしている間にもひとり走っているので、目立ち放題だ。
そのうえ、女子部の人数が少ないということで、練習はおろか、練習試合も男子と混合だった。力も速さも圧倒的に違う。ほぼ初心者のわたしにとって、これは本当に怖いことだった。
特にダブルスで前衛になったとき、女子だと思って全力のストレートを顔目掛けて打ち抜いてくる意地悪男子なんかもいる(※実話)。普通にトラウマになるからやめてほしい。
市原隼人似の男子とシングルスの練習試合をしたときは割合良い試合になってしまって、相手の高校から「女子相手になにやってんだよー!」「相手の女、チビじゃん!」など、いろんな野次が飛んできたこともある。
人数が少ないと団体戦では足を引っ張り、個人戦ではひとりで会場に向かうことになる。
わたしの場合、多少の経験があったといってもお遊び程度だったので、試合のルールさえいまいち理解していないところからはじまった。
初心者はわたしともうひとりだけ。その子はどこか浮世離れした雰囲気を持った子で、人の話を聞いているんだかいないんだかわからない子だった。この時点でおそらく、日本の運動部には向いていない。
彼女は入部してほどなく経つと、先輩やテニス経験者の同級生からいじめを受けはじめた。
例えば、グラウンドをならすときは2人1組でやるはずなのに、存在を無視されたり。休日の集合時間はメール連絡が基本だったが、彼女だけ飛ばされてしまったり。
それを見ているうちになんだか気持ち悪くなって、退部を考えはじめた。
次第になにかしらの理由をつけて、部活に顔を出さなくなっていく。頭はすでに「どう言い訳をしてやめようか」なんて考えはじめていた。
そんなときだった。部長から電話がかかってきたのは。
いじめがある部内でも、部長は努力家でとても良い人だった。何度でも繰り返し、できるようになるまで同じことを教えてくれた。それが部のためになるなら、と。
メールはたまにあったけれど、電話は珍しい。鬱々とした気分をなんとか振り払い、携帯を耳元に押し当てる。
先輩は少し疲れた様子で語った。
どうやらいじめられていたあの子が部活をやめたらしい。理由はわからないと言っていたが、十中八九いじめだろう。
わたしが本人なら、悩むことなくスッパリやめているはずだ。
そして、もうひとつ。
団体戦はもう難しいかもしれないけれど、できれば部活に来てほしいということ。まあ、そうなるのも不思議はない。むしろ、彼女たちからすればわたしが来ない理由など想像もつかなかっただろう。
でも"あの子"がやめたことで、なおさらわたしもやめたいと思ってしまった。いじめというのはなくならない。中学時代の経験から、それはわかる。
ならたぶん、次はわたしだ。わたしに違いない。いや、でもこれはただの被害妄想で、行ってみたらなんていうことはないのかもしれない。実際、そういう"思っていたほどではなかった"事案は何度かあった。
「行ってみろ」という自分と、「行かないほうがいい」という自分がせめぎ合う。
わたしは唯一信頼の置ける部長に、今なにを感じて、どうしたいのかを相談してみることにした。電話までくれたのだ。多少は気にしてくれたのだろう。そう思っていた。
話しているうちにだんだん感情が昂ぶってきて、涙が止まらなくなった。人前で泣くのなんて、いつ以来だろう。実際に言葉にしていくと、自分の意思も明確になってくる。
ああ、わたし、やめたい。やめたいんだ。本当はずっとやめたかったんだ。
次に部活に顔を出したとき、言おう。そう思って、電話を切った。
翌日の放課後、わたしは部室に立ち寄ろうとしていた。プレイするつもりはなかったが、曲がりなりにもお世話になった先輩たちだ。
わたしが通っていた高校の部室はプレハブで、室内からでも外によく話し声が聞こえてくる。そんなだから、なかには部室であんなことやこんなことをしていた生徒がいるだなんていう高校生らしい馬鹿げた噂話も多かった。
そしてそれは、部室のドアの前に立ったときのこと。
「もかがさあ〜」
先輩の声だった。
ドキリとした。
いつもは「もかちゃん」と呼ぶはずの先輩が、「もか」と言った。それだけで足がすくむ。それ以上聞くべきではないとわかっているのに、聞き耳を立ててしまう自分がいた。
(※こういう状況で聞く話はだいたい良いことではないよ!)
案の定、話は続く。
「昨日、部長と話したんだって。やっべー泣いてたらしいよ。しかも超豚鼻だったって」
豚鼻。確かにしゃくりあげるほど泣いたので、そんなこともあったかもしれない。でも、先輩はそれをネタに笑っている。
わたしが泣くほどの悩みを、精いっぱいの勇気で口に出した悩みを、みんなに披露して笑っている。
それになによりショックだったのは、信頼していた部長が昨日の今日で、わたしとの話をすべて後輩に話していたことだ。先輩の話しぶりから察するに、豚鼻と言ったのも部長らしい。
わたしは踵を返し、そのまま学校をあとにした。
部活はこっそりやめ、その日からわたしは、誰かに悩みを打ち明けるのが怖くなった。
褒められることもある、けれど…
こんなわたしでも、褒められることがないわけではない。
例えば、留学して頑張っていたとき。民間合格率20%ほどの試験に合格したとき。氷河期真っ只中の就活で、夏前に内定をもらえたとき。
褒めてくれた人はたくさんいたはずだ。でも、そんなことより記憶に強く残っているのはやっぱり、誰かに言われた心ない一言。
今となってしまえばもう大したことのない記憶だが、誰かに自分の悩みや辛さを吐露するのは今でもまだ少し抵抗がある。
笑われたらどうしよう。ネタにされるんじゃないかな。わかってくれる人なんている?
そんな風に、100回褒められることよりも、相手を貶めるたった一言のほうがより印象的で、記憶に残りやすい。それがある種の人間らしさでもあると思う。
だからこそ我々は、日々自分の言葉に責任を持たなければならないのだ。
言葉はときに誰かを救いもするが、ときに誰かを、誰かの心を平気で殺す凶器にもなる。
対面で言えないことはSNSにだって書き込むべきでない、というお話。
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