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「写真の居場所」を無くした自分が、チェキでちょっと救われたという話

初めまして。私はごくごく普通の会社員の傍ら、写真の創作活動をしているMasahito Ogura(@MasahitoOgura)と申します。

唐突ですが1年前、私はプロカメラマンを目指し、第一線で活躍する方のアシスタントに入っていました。ここで修行し、ゆくゆくは憧れの人や著名人を撮るカメラマンになるんだ!と期待を膨らませていました。

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けれど、アシスタントは約3ヶ月で終えることに

辞めた理由はいくつかあるのですが、特に「不規則なアシスタント業務に体力的・精神的についていけなかった」「写真で食べていくということに、自分の身体がまったく合わなかった」この2点が大きかったです。

アシスタントのお給料は非常に少なく、それだけではとてもやっていけないので、私は週5日フルタイムで仕事をしながら、休みの日はアシスタントに入っていました。しかし、当然のことながら「オフの日」というものが無くなるので体力的・精神的に追い詰められ、次第に業務に必要なもの以外は、写真を撮れなくなっていきました。

また、苦難の修行時代を乗り越え、たとえプロになったとしても、写真だけ撮っていれば良いのではもちろんなくて、営業やお金のこと、セルフブランディング etc...技術を磨いたり、自己発信・管理するタスクが山ほどあります。その他にも、輝かしいセンスとありあまる体力を持つ、自分より若い世代が次々と現れるので、それらに立ち向かう柔軟な発想と、時代の変化にも対応しなくてはなりません。とにかく「写真で食べていく」ためのモチベーションを辞めるときまで、ずっと保ち続けることが必要になります。

会社員のように、働けばひとまず毎月決まったお給料をいただけるのではなく、自分の働き次第で0にも100にもなる、まさにハラハラ、ドキドキのジェットコースターみたいな人生。それらが、どうしても食べられない苦手な食べ物のように、自分の性格、身体に合わなかったのかもしれません。

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それなら、SNSフォトグラファーはどうだろう?

SNSの普及によって、そこから注目され、多方面で活躍されている方を皆さんもよく見かけると思います。しかもプロではない一般の方もたくさんいる。ここなら地道にコツコツ続ければ、何かしらチャンスを掴めるかも…!と思っていました。

けれど、これもうまく続きませんでした。

SNSのアカウントはいわば「個人のラジオ局」みたいなもので、自分の好きなことを好きなだけ、いつでもどこでも自由に発信できますし、好きなもの同士で新たな繋がりやコミュニティも作れます。ですが、その反面「他人の人生を覗き見しやすくなり、つい自分の人生と比較してしまいがち」です。学べることもあるけれど、本来は気にする必要がないことや、見なくてもいい情報が入ってきて(フォロワーやいいね!の数など)意味もなく落ち込んだり。

ほかにも「ファンを増やすための方法やルール」「SNS上での相手とのやり取りや、気遣い」「発信し続けるモチベーション」など、様々な要素で悩むことが増えてきてしまい、いわゆる「SNS疲れ」に陥ってしまいました

ギャラリーでひっそり個展しようにも、それに値する写真、テーマが未だ見つからない。その間にもネット・書籍の写真界隈では、この一億総フォトグラファー時代で生き残るための、楽しむための、セミナーや指南や哲学が溢れている。努力を実らせ、才能を見出され、開花させた人たちが続々と活躍している。それに嫉妬と焦りを覚えつつも、自分がどこへ進んでいるのかが分からない。他人は他人、自分は自分。隣の芝生は青く見えるもの。それでも、それでも気になってしまう。

一体、自分は写真で何をしたかったんだろう。今、投稿しようとしている写真は自分が命の底から撮りたかったもの?

完全に自分の「写真の居場所」というものを見失っていきました。

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話が大幅に逸れてしまい、すみません…。

そんな私がひょんなことから、フォトグラファー/ライターの古性のちさんが主催するオンラインコミュニティ『 .colony(ドットコロニー)』を見つけ、住人になろうと思ったのは、共通テーマである「わたしのときめく写真の作り方」でした。たぶん「ときめき」の感じ方すら忘れてしまった自分の心が、その感覚をなんとか取り戻そうとしていたのだと思います。

そして先日『.colony』とFUJIFILMさんのコラボイベントで行われたチェキウォークに参加。ワイワイと純粋に写真を楽しみながら、ステキな写真を撮られる皆さんとともに、人見知りな自分も少し緊張しながら、久しぶりにじっくりとシャッターを切ってきました。

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▲「これいいですね!」とお褒めの言葉をいただいたチェキ

チェキはデジカメと違って、ファインダーで見ている画と撮影レンズにズレがあるため、どう撮れるか少し分かりづらい(それと撮ったあとに編集できない)。けれど、その場ですぐカタチとなって見られるのが一番の醍醐味。自分の思い描いていたイメージとの「答え合わせ」をしている感じで、たまに予想を超えたものが浮かび上がるともっと嬉しい。写りも含めて、そのファジー(あいまいさ)なところが心をときめかせるのかもしれません。「考えすぎて撮るのは良くないよ」と言われていても、癖でどうしてもそうなりがちな自分には、このくらいのファジーさが必要なのかも。

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▲トレーディングカードのようにコレクションできるのも良きです

ずっと自分の「写真の居場所」が無いと思っていたけれど、シャッターを押せば、特別なカタチとして残してくれるカメラが、こんなに身近なところにあったんだと気付いた日でした。

ありがとう、チェキ。

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Real life, beautifully squared.

日々無意識のうちに流れていく日常は、
忙しく過ごしているとするすると手の平からこぼれていく。

でもふと足を止めて、ひとつ深く息を吸って、シャッターを切れば、
自分が大切にしていた瞬間を、手にとって見ることができる。
その瞬間が、宝物になる。

愛おしい瞬間、ほっとする瞬間、
クスッと笑える瞬間、自分を見つめ直す瞬間。
大切な瞬間を、スクエアに閉じ込める。

正方形のプリントだからこそ表現できた一枚には、
その人のいちばん大切なものが写っているはず。


−FUJIFILM  “チェキスクエア” instax SQUARE SQ6 特徴より−


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写真作家/たまに日々のことをつらつらと残しています
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