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2018年の『しあわせな日々』のために ─場所/身体/政治/その他─

以下は、演劇批評誌『紙背』vol.4に掲載された、『しあわせな日々』の演出ノート再録、および2019年に横浜のthe CAVEで収録した同作の上演記録映像全編(英語字幕付き)です。

シアターコモンズ'18でこの作品を初演した際に考えていたことがまとめられています。利賀演劇人コンクールへの参加をきっかけにして取り組み始めた『しあわせな日々』という戯曲も、気づいたらもう5年目(!)。TPAMでの再演や、2020年5月現在延期中のルーマニアツアーの稽古などを経て、表層的にも深層的にもいろいろな部分が変わっていますが、根本の部分で目指していることは、この時に書いていたこととあまり変わっていません。

なお、『紙背』は、観劇三昧で通信販売も行っています。Vol.4には、山本健介(ジエン社)の『物の所有を学ぶ庭』や松原俊太郎『正面に気をつけろ』、中澤陽(スペースノットブランク)『緑のカラー』といった戯曲を掲載。下記リンクからぜひ。

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『しあわせな日々』について記すにあたって、まず、徳田虎雄という人の話から始める。

医療法人徳洲会の理事長であり、衆議院議員を4期にわたって務めた徳田虎雄は、鹿児島県・徳之島に育ち、医療設備の不足によって実弟を亡くした経験から医師を志す。アルバイトをしながら阪大医学部を卒業し、その後、日本最大の医療グループ「徳洲会」を設立。80年代には「保徳戦争」と呼ばれた現金が飛び交う選挙戦を展開したり、徳州会を目の敵にする日本医師会の圧力によってわずか3日で自民党を追われるなど、その半生はスキャンダルに満ちている。端的に表現するならば、「昭和の豪傑」というような人物だ。

彼は現在、「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」という難病を患っている。この病気は、筋肉の萎縮や筋力の低下によって、だんだんと身体が動かなくなっていくもの。ジャーナリスト・青木理が執筆した『トラオ―徳田虎雄 不随の病院王』(小学館)によれば、取材当時の2010年、彼は身体を動かせないばかりか、口を動かすこともできず、ただ、目を動かす自由のみを残された状態だったという。

しかし、徳田虎雄の本当の凄さはこの先にある。彼は、身体が動かなくなった以降も、徳洲会の理事長の座に収まっていた※。いわゆる「お飾り」ではない。鎌倉市の湘南鎌倉総合病院の特別室で24時間の看病を受けながら、50音を記した文字盤をじっと睨みつけることによってその意思を表示し、経営の舵取りを行っている。ぎょろりと動く彼の目玉が、全国3万人の職員を抱える徳洲会グループを動かしているのだ……。

※13年に発覚した収賄事件により、現在は理事長職を辞しているが、現在も株式会社徳洲会など6企業の社長に就任している。

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『しあわせな日々』は、『ゴドーを待ちながら』などで知られる劇作家サミュエル・ベケットの代表作のひとつ。「広大な焼け野」を舞台に、ウィニーとウィリーという夫婦を登場人物としている。1幕では妻・ウィニーの身体は円丘に腰まで埋まっていて自由に身動きが取れない(その理由は明示されない)。そんな状況の中、ウィニーは、過去の記憶や現在の状況を行ったり来たりしながらほとんど脈絡のない独り言を延々と喋り続ける。その円丘の裏で夫・ウィリーは日向ぼっこをしたり、穴に入って眠り込んだりする。2幕になると、ウィニーの身体は首まで埋まっており、ウィリーの姿は見当たらない(もちろん、理由は明示されない)。しかし、そんな状況になっても、相変わらず、ウィニーは独り言を続ける……。

上記のようにあらすじを書いても、何のことやらさっぱりわからない。要するに、これぞ不条理演劇というような作品だ。

かもめマシーンでは、これまでに2回『しあわせな日々』を上演している。1度目は、16年の利賀演劇人コンクール。この際は、コンクールの規定で、2幕のみを上演した。そして、2度目となったのが、18年のシアターコモンズで上演した1幕・2幕の完全版だった。16年の利賀村ではリフトシアターという、「シアター」とは名ばかりのだだっ広い元スキー場ゲレンデで上演。現地で拾った廃材を散りばめて舞台空間を作ると同時に、物理的な円丘をつくらずに俳優を布でぐるぐる巻きにすることで、首より下を自由に動かせない状態=円丘に埋まった状態をつくった。広大なゲレンデを尺取り虫のように動くウィニーによって、まるで、その視線だけで徳洲会グループを仕切る徳田虎雄のような「生命力」を描こうとしたわけだ。

18年3月、相馬千秋がディレクターを務める芸術公社のイベント「シアターコモンズ」でこの作品を上演するにあたっては、根本的な改変をしなければならなかった。まず、基本的に港区での上演を前提とするシアターコモンズの枠組みでは(というか、そもそも都心には)リフトシアターのような広大な空間はなかなか見つからず、空間の広大さが極めて重要な意味を持つ利賀バージョンの演出を再現することはできない。それに、「都市空間の中で『演劇をつかう』」というシアターコモンズの根幹をなすコンセプトは、上演空間が描き出してしまうあらゆるレイヤーにおける意味に対して、シビアに向き合うことを求めている。つまり、どこで『しあわせな日々』という作品を上演をするのか? どのように上演するのか? そして、なぜ今、東京で上演するのか? という問いからこの物語に対して改めて向き合ううことを求められているのだ。

今回の「しあわせな日々」を上演するにあたって、漠然と考えていたのが「政治」という枠組みだ。僕らは、『福島でゴドーを待ちながら』(2011)以降、数年間にわたって原発事故を始めとして震災以後の時間を取り扱ってきたし、『俺が代』(2016〜)という作品では、日本国憲法をテキストとして使ってきた。では、『しあわせな日々』という作品を、「政治」として読み解いてみたらどうなるだろうか? 

もちろん、『しあわせな日々』の中に、直接的に政治に対する言及はない。そけれども、そんな作品だからこそ上演環境として「政治」という枠組みを重ね合わせたらどうなるだろうか? その結果、上演候補となったのは、例えば「港区議会」や、慶応大学の中にあり、福沢諭吉が演説を行った「三田演説館」といった場所だった。残念ながら、それらを会場とすることはいろいろな問題があって実現せず、上記の目論見も変更を求められたのだが、その過程で、偶然のように見つけたのが慶応大学三田キャンパスの中にある「旧ノグチルーム」という場所だった。

同施設を管理する慶應義塾大学アートセンターのホームページにはこのような説明がある。

慶應義塾大学三田キャンパスにある「ノグチ・ルーム」(学内の伝統的名称)は、1951年に建築家谷口吉郎(1904−1979)の設計により第二研究室が建てられた際、その談話室をアメリカ合衆国の彫刻家イサム・ノグチ(1904−1988)が制作したものである。この談話室と小庭園は、明治初年に福澤諭吉が教師と学生の自由な交流を目的として開設した「萬來舎」をふまえて、「新萬來舎」と呼ばれることもある。2003年、新校舎建設のために第二研究室棟が解体され、「ノグチ・ルーム」は2005年3月に竣工した新校舎(南館)のルーフ・テラス部に移設された。
(http://www.art-c.keio.ac.jp/archives/list-of-archives/noguchi-room/)

ただし、僕は特にイサム・ノグチに対して強い思い入れがあったわけではなく、この場所に対して惚れ込んだというわけでもなかった。まず、「談話室」として構成されたそこは、僕の作品に向かない空間だ。上演形式としては保守的な僕の作風は、あくまでも舞台/観客席という空間を必要とし、観客席はひとつの空間であることが望ましい。けれども、暖炉や家具の配置によってそれとなく空間が区切られたノグチルームは、ひとつ空間を生み出すには適当ではない。また、普段は鍵をかけられて、見学希望者が訪れるときにだけ使用されるこの空間は、穏当な言い方をすれば「静かな」、そうでない言い方をするなら「死んだ」と形容できるような雰囲気をたたえていた。構造的にも、雰囲気的にも、この空間で何かが出来るとは思えなかったのだ。

それなのにこの場所を選択したのは、この空間を、設計時におけるアイデアの通り、人々が集い「談話」をする空間に変えられないか、と考えたからだ。演劇は、(今のところ)人々が集うことによってしか成り立たない。この空間でもう一度「談話」を引き出すことができれば、劇場空間ではない場所で演劇をすることの意味、あるいは、都市空間に演劇をインストールすることのある可能性が提示できるはずだ。何回も下見をする中で、そんなコンセプトが立ち上がってきた。

では、この「旧ノグチルーム」において、ウィニーはどのように佇んでいるのだろうか?

何度かの会場下見の末、僕の中には「植物」のようなウィニーの姿が芽生えてきた。この静かな空間で、ウィニーは、どこかに行ってしまったウィリーの帰りをずっと待っている。その静かな空間で彼を待っていたら、いつしか彼女の下半身は植物のようになり、蔦が生えていく。そして、それが時間を経ることによって鉄化してしまう。それでもなお、ウィニーはひたすら待ちながら、過去の記憶を反芻する。ウィニーの下半身でもあり、植物でもある円丘は、その触手を伸ばし、いつしかノグチルームという建物を侵食して、同化していく……。

そんな僕の(ちょっとロマンティックすぎる)イメージを基礎にして、さらに美術を担当した横居のさまざまなイメージと技術を駆使して作られたのが、鉄でつくられた円丘だった。

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