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4/28の思い出・備忘

久しぶりに一人で出張に行ってきた。疫病が流行ってから一年、旅行どころか居酒屋で記憶を飛ばすこともできないので精神的にも物理的にも地に足のついた日々を粛々と送っているけれど、こればかりは現地訪問せざるを得ないという仕事が入ったので。練習を兼ねた備忘として残しておく。

朝4時半、アラーム音の出どころを、ベッドの中で目を瞑ったままもぞもぞとまさぐって探す。とんでもなく眠い、ていうかまだ起きていない。何回かのスヌーズの波を経てようやく重いまぶたを開けると、私の狭い部屋は既に朝を迎えていて、空間自体が発光しているみたいに青い光でぼんやりと明るい。布団を一度口元まで引っ張り、もう5分眠れる言い訳をあれこれ考えてみるものの、昨日寝る前に調べた乗換案内によるとこれ以上寝ると遅刻するので、4時間眠っていたにもかかわらず相変わらず油の切れたままの関節を無理くりギギギと動かして起き上がる。ついでに窓を開けて網戸から吹き込む冷たい風を浴びる。シアンのフィルターがかかったようにひんやりとした、少しの緊張と特別感で満ちる早朝が好きだ。だけど特上鰻丼についてくる上品な肝吸いよりも、そのへんの家系ラーメンのにんにくとほうれん草の溶けた醤油豚骨スープのほうが健康雰囲気その他「味」以外の要素を度外視した場合に高い攻撃力と中毒性を持つように、「二度寝」という行為がもたらす脳を破壊するような快感には抗えないので早起きは苦手である。フレックス制をとにかく朝寝坊の為に使っている私だが、この日の鬼強行スケジュールをこなすためには朝6時の新幹線に乗る必要があるわけで、早起きの滋味深さを久々に味わった。物足りないので鰻も食べたい。

眠い目を擦りつつ、花曇りの京都市役所から御池通りに沿って歩いていくとぽつぽつと雨が降り出す。うわっ幸先悪。やってきた市営バスにあわてて乗り込む。京都人の交通手段はもっぱらバス、次いで地下鉄という印象。観光客の為に寺院に寄ったりとさまざまな交通ルートができたこともあり、碁盤の目の路地をあちこち駆け巡るバスの本数はかなり多い。確かこっちで合ってるよな・・・という祈りを込めた視線もむなしく、自身を示す青い丸はgooglemapの示した経路から勢いよく外れていき、鞍馬街道を曲がらずにそのまま突き進んでいくので慌てて堀川御池で飛び降りた。むずすぎる。結局地下鉄を使って北二条前駅から烏丸御池駅へ、そのまま烏丸線で今出川駅へと向かう。
今出川付近で用事を済ませ、今度こそと意気込みつつ今出川通りから出町柳駅に向けてバスに乗る。初夏を迎えんと燃える新緑が右手の通り沿いに延々と立ち並ぶので、でかい公園か何かかなとマップを開くと「京都御所」という大きな緑の四角が地図上に表示された。
同志社大学の南に広がる広大な京都御所(11万平米て。うち4,400個ぶんやん。何この計算?)は、明治天皇が遷幸(天皇が都を他の地に移すことらしい。めちゃくちゃ用法が限定されてる熟語って興奮する)するまでは皇居だったという。世界史専攻なので全然知らんかった九段下になったのってそんなに最近だったんだ。「なにしろ敷地がでかいので観光しても混まないよ」という旨の観光という概念を無視した口コミを眺めつつ、優雅な玉砂利、精悍な松、大胆な瓦を有した御殿の屋根なんかを頭の中で描いてみる。観光補完。

街並みが急にひらけ、広い河川敷があらわれた。バスはとことこと賀茂大橋を渡る。遠景になだらかな山脈を擁する涼しげなかわべりに目を奪われると同時に、足元の逆三角形の洲に気付いた。もしかしてこれが鴨川デルタか!?鴨川ホルモーやら四畳半神話大系やら京都を題材にした文学作品でたまに存在を読んだことはあるけれど、へー実物はこんな感じなのかと窓に額を寄せる。賀茂川と高野川が絡み合い舌を抜き差しするその瞬間を黙して眺める鴨川デルタ。自然の中に突如現れる正確な三角形は確かに感興をそそる。なんのバックボーンも持たない私でさえそう思うのだから、4限の終わりにそのへんに腰掛けて缶酒でも飲んでいたであろう同志社の学生なんかは、その薄い尻から地面へ溶け込んだ青春の熱、訳分からなさ、苦みが鴨川デルタのもつ郷愁や情緒に拍車をかけるに違いない。(エモい、という言葉を憎む身としてはそのワードは絶対使いたくないのだが、正直鴨川デルタにはぴったりなのかもしれない。悔しいので「情緒」などとした)
出町柳駅でバスを降り、叡山線に乗り換える。ごてごてと広告が多いホームから人がまばらに座る2両編成の電車に乗ると、先頭車両の運転手の後ろあたりにバスのような運賃精算機があるのを見つけた。アナウンスに耳を澄ますと、始発である出町柳駅以降は無人駅が多く、降りる際は先頭で精算してから降りろとのこと。ここって京都市内だよな…

元田中駅で降りると、マジで無人駅だった。用事を済ませて、再びバスを使う。東大路通りを南下し、京都岡崎へ。「次は百万遍、百万遍」すごい名前だなぁとぼんやり考える。何となくだが、京都には少し変わった、洒脱な地名や駅名が多い気がする。まあ耳が慣れていないだけで「水道橋」だの「幡ヶ谷」だの東京の地名と同じようなものかもしれないけど、京都の地名には一貫して同じ雰囲気があるというか、もっと言えば「仏教っぽさ」「歴史っぽさ」みたいなものが、ずっしりとした大福にまつわりつく打ち粉のように、その単語にまぶされているように感じる。たとえば苔むした石段を幾度となく踏みしめて、天狗の囁き声で満ちる真っ黒な杉林の下、鎮座する無数の地蔵へ菊花を手向ける、注連縄の白い幣が無風に揺れ、無限に繰り返されるそういう深夜を、「百万遍」から感じたりする。
丸太町通り沿い、平安神宮の裏手でバスを降りる。真っ赤な社殿を見てみたかったが時間がないので脳内補完。霧雨が降り続く中、経塚山だろうかあの山並みは、とおもいながら少し歩いていると「聖マリア幼稚園」とすれ違った。それでいいのか?…いいのか。自分に厳しくあることと、相手の自由を認めないことには何の相関もないのだ。

このあとは再び京都駅方面へ戻り、四条あたりをバスで通過。午後1時からの仕事に間に合うよう駆け足で用事を済ませ、仕事が済んだらお土産だけ買って直帰。そして新幹線で爆睡し体調を崩すなど。身の丈に合わせて書いたが、旅記は以上。

終始京都は居心地よく、何の観光名所にも寄っていないけれど至極楽しい旅になった。自分なりに考えた結果、
東京:都心ーーーーー市街ーーーーーー自然
京都:都心ー市街ー自然
といった感じで、京都は都心・市街・自然のグラデーションの幅が狭いような気がする。なので市街(自然寄り)出身、かつ都心好きの私にはかなりうってつけなのではないかなと思いました。ビジホ5日間くらい押さえて好き勝手京都で遊ぶ旅、やりたいな~。できれば今度はマスク外して、友達と一緒に。

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