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専務理事 地獄へ行く

中野専務理事

専務、ファックス、来てますよ。
ああ、読んでくれるか?
はい。

専務理事、中野様。
お願いがあってファックスしました。
小生、ご存じの通り、不慮の事故で他界し、不本意ながら地獄にいます。
仔細は長くなるので、後に譲りますが、今般、地獄の代議員選挙に立候補することになりました。
つきましては、貴兄のお力添えをいただきたく、お立場上の困難もおありでしょうが、伏してお願い申し上げます。
理事長 栁 伸一 拝

それ、どういう意味だ?
察するにですね、理事長は地獄に行ったようです。事情は解りませんが、そこで、代議員選挙に立候補するので、応援に来て欲しいと・・・。
地獄に来いと言っているのか?
そのようです。
それ、無理だろ。行き方、解らねえし。
私、調べましょうか?
そうなると、地獄に行くことが前提になるじゃないか。
専務、行かないんですか?お世話になった方ですよ。
そりゃあそうだが、地獄だぜ。・・・君、付き合ってくれるか?
はい。
即答かよ、どうなっても知らねえよ。
以前、営業さんが来た旅行会社に当たってみます。
なんて会社?
え~と、ハッピー・トラベルの遠間さんですね。
やれやれ。

試練

栁理事長は、がらんとした部屋の中央にある椅子に座っていた。
やがて、扉が開き、背の高い男が入ってきた。

栁 伸一さん?
はい。
何で死んだの?
交通事故です。
で、三途の川を渡ったわけだ。
そうなんですか?
まあ、いいや。一応、説明しておくけどね、ここで地獄に行くか、天国に行くか決めるんだ。なんか、希望あるの?
いやあ、希望と言われましても、そうしたことには疎いもんですから・・・。
まあ、だいたいの人はそうだからね。説明する?
はい、是非、お願いします。
ただ、聞いた話だからね。・・・天国はね、一年を通じて温暖な気候で、花々が咲き乱れ、小鳥がさえずる。一方、地獄だが・・・。
ああ、それならイメージはあります。たいそう厳しい所だと・・・。
物知りなんだね。私はね、もう何十年と、この仕事をしている・・・。地獄のイメージはあると?知恵者だねえ・・・。
いやあ、それほどでも・・・。
褒めてねえよ。・・・なんか、勘違いしてねえか?おめえはよう、現世で皆様に、ご丁重なお見送りをいただいて、ここに来ているんだろ?
はい。
戻るかい?
いいえ。今更、戻れるわけないじゃないですか。そんな、恥ずかしい真似、出来るわけありません。
そうだろうねえ。じゃあ、本題に戻ろうか。天国、地獄、どっちにする?
・・・天国ですか・・・?
えっ?
何ですか?
今、なんて言ったの?
ですから、天国かなって。・・・いけませんか?
その程度の決意で判断するの?
いや、普通、そう判断するでしょ。
そうなのかねえ。君、浅はかだよ。
そうですか?
まあ、想像してみなよ。一年中、温暖な気候で、花々が咲き乱れ、小鳥がさえずる。そんなところで、何するの?
いや、お酒をいただいたり、煙草を吸ったりしましょうか。それと、あっちのほうも・・・。
天国で、そんなこと出来るの?善男善女が集うとこだよ。
はい。出来たら良いなあと・・・。
栁君、甘いね。現世では、そこそこやっていたんだろ?理事長だったんだって?
はい。小さな団体ですけど。
朝からだね、たいしてやることもなく、穏やかに会話を楽しむ、そんな生活が永遠に続くんだよ。我慢できるの?
そう言われると、自信がありません。
そうだろ?
・・・すみません。確認させて下さい。
いいよ。
なんか、地獄に導こうとしていませんか?ノルマがあるんですか?勤務評定のようなものが。地獄に送った人数で評価が上がるシステムになっているんじゃないですか?
判断は公正なものだよ。
そうでしょうか、私は悪意のようなものを感じます。これは、私の想像ですけど、あなたは、私を地獄に誘導しているのではないですか?
栁君、君は、今、重大な岐路に立っている。そのことは理解しているよね?
・・・・・・。
私はね、善意のアドバイザーとして、君と話しているんだよ。
ああ、ありがとうございます。
君が、自分自身にとっての最良の選択をする、そのために私がいるんだよ。選択肢は二つだ。難しい判断ではない。
・・・・・・。
では、こうしようか。天国には逆の意味がある、すなわち、君が天国と言えば、それは地獄ということだ。地獄はストレートに地獄を意味する。これでどうかな?
ちょっと待って下さい。それでは、いずれにせよ、地獄ってことになるじゃないですか。・・・そうだ、こうしませんか?3回言えるということにして、同じ結果が3回出たら逆になる、というのはどうですか?
そうか。では、私にも2回の権利をもらおう。君の判断を変える権利だ。なおかつ、私は、権利の行使を留保できるといことにしよう。どうかな?君は3回、私は2回だ。私の優位的立場を考慮して、1回少なくしたよ。悪くはない条件だと思うがね。
う~ん、そうかなあ。
ただし、君が2回連続で権利を行使した場合には、私が1回の権利を貰うということにしよう。公平を期すために。
なんか、ルールがどんどん複雑になっていますよね。紙と筆記用具を貰えますか?
ダメだね。頭の中で判断するんだよ。君と私との知恵比べだ。
じゃあ、それでいいです。
そうかね。勝負は1回だけだよ。先手は君だ。
先手後手を入れ替えて、2回勝負にしませんか?
さて、どうするかな・・・。一勝一敗では勝負がつかないね。3回勝負にするかい?
そうですねえ。
君、囲碁を打つかい?先手が有利なんだよね。どっちにする?先手でいいかい?
はい。
ーーーーーー
栁君、一回戦は私の勝ちだ。
なんか変ですねえ。私が負けるはずないのに・・・。
今度は、私が先手だね。
はい。
ーーーーーー
やれやれ、二回戦も私の勝ちだ。地獄へ行くことになったね。
・・・なんか、ズルしてませんか?
お互いの合意のもとにルールを決めて、公正な勝負をしたんだ。そんなことを言われるのは心外だよ。
ああ、すみません・・・。
じゃあ、納得して地獄に行くね?
はあ、不本意ながら・・・。
そうかい。せいぜい頑張りな。

閻魔様

栁君かい?
はい。
俺のこと、知ってる?
初めてお目にかかりますが、閻魔様ではないかと・・・。
そうだよう。いや、ちょっと話があってなあ。
えっ?まさか舌を抜くなんて言わないですよね。
なんなら、抜いてやってもいいよ。それとも、地獄の業火に焼かれるかい?
ご冗談を。そんな残酷なことをしてはいけません。私、断固、抗議します。暴力反対!優位的立場を濫用してはいけません。
俺に、説教するのかい?
いや、滅相もございません。ただ、正論と申しましょうか・・・そのようなことを申し上げております。
曖昧だな。要は、自分は正しいことを言っていると言いたいんだろ?苦しみを逃れるために。
そう言っては、身も蓋もないじゃないですか。私の言わんとするところを察していただけると有り難いです。
なに温いこと言ってんの。俺は、長いこと、皆さんに恐れられた閻魔だよ。
それは、私、解っています。しかしですね、いきなり舌を抜かれるとか、業火に焼かれるとか、そんな脅迫を受けてですね、理不尽だと思いますよ。
脅迫?君は、私を犯罪者だと言うのですか?
・・・なんか、言葉遣い、変わってますけど。
俺はよう、今まで、犯罪者と言われたことはない。何故だと思う?閻魔だからだよ。その俺を、犯罪者だと言うのかい?
いや、言葉の綾です。
洒落た言葉を知ってるんだねえ。
閻魔様、お願いがあります。
何だね?
舌を抜くとか、業火に焼かれるというのは、ご勘弁願えないでしょうか?
いいよ。もともと、そんなつもりはねえんだから。
え~、それってズルくないですか?
何でよ?
仮定の話で、私を混乱させました。あなた様は、ご自分の意図を言わずに、私の不安を掻き立てた。私を侮辱したとは思いませんか?
侮辱ねえ・・・。まあ、そろそろ本題に入ろうか・・・。
本題って、何ですか?
地獄に行ってから、何をするのか決めるんだ。
働くということですか?
うん。なんか、手に職あるの?
いえ、特には・・・。
そうだと思ったよ。政治でもやってみるかい?
経験がありません。
経験?・・・なくたっていいんだよう。君は、地獄で生まれ変わるんだ。
なんか、逆説的ですね。地獄は、閻魔様が独裁的に仕切ってるのではないですか?
それがなあ、最近は空気が変わってしまってなあ。
そうなんですか?
グローバル化というのか、いろんな国からの死者が来るようになってなあ。自然発生的にコロニーが出来たんだよ。それが、だんだん大きくなって、地区の自治を主張するようになったんだ。インディペンデントだとよ。・・・俺は反対したんだよ。そんなことになったら、閻魔の地位が形骸化するだろ?しかしなあ、時代の流れというのか、一部、認めることにしたんだよ。君が行く地域は、代議員選挙が行われている。近々、選挙があるようだ。そこで、代議員に立候補したまえ。
いきなり立候補したって当選できませんよ。
当たり前だよ。自分の力で当選できるわけないじゃないか。心配するな。凄腕の選挙プランナーをつけてやる。それから、告示日までの一週間に限り、現世から応援を呼んでもいいよ。
え~!そんなことが出来るんですか?
当てはあるかい?
はい。
そうか。じゃあ、そういうことにして・・・せいぜい頑張るんだな。

旅立ち

お~い、メガネ、チケット取れたのか?
ああ、中野専務、取れましたよ。2日後の10時に出発です。
メガネも一緒だよな・・・。
はい。不本意ではありますが、同行します。
そうか。一人じゃ、心細いからなあ。
専務、メガネと呼ぶの、やめてくれませんか。
どうして?
身体的な特徴を俗称にするのは、いかがなものかと・・・。
そうか、じゃあ、メガちゃんにしようか?
・・・・・・。(この親父、解ってねえ!)

簡単にご説明します。お二人には、このシャトルにご搭乗していただきます。地獄への、ノンストップ便ですので楽勝ですよ。
添乗員はいないの?
はい。この便に、添乗のサービスはございません。
事故はない?
はい。一度だけあったと聞いております。ずいぶんと昔のことです。
で、どうなったの?
どうなったと申しますと?
その便に乗っていた人だよ。
さあ、行き方知れず、ですか・・・?
調査とか、しなかったの?
まあ、昔のことですからねえ、記録も残っていません。
メガちゃん、保険はどうなってる?
地獄への旅行は、保険の対象外です。
う~ん。
中野専務、覚悟を決めましょう。行くしかありません。
お前、彼氏とは会ってきたのか?
はい。
セックスした?
専務、セクハラです。・・・しましたけど、何か問題でも?
そういうわけじゃないんだけど、うまく行ってないんだろ?
ですけど、私の問題です。

遠間です。出発します。頑張って、生きてお帰り下さい。幸運をお祈りします。神のご加護がありますように・・・。

何だよ。トウマってクリスチャンか?
トウマさんではありません。エンマさんです。
不吉だ。
専務、後戻りは出来ません。
お前、人生捨ててねえか?
そんなつもりはありませんが、崖っぷちですよ。
彼氏が、靡かねえからか?
はい。
帰ったら教えてあげるよ。彼氏をゲットする方法を・・・。
・・・ありがとうございます。期待して良いですか?
良いよ。年長者の意見は聞くもんだ。どうせ、ダメ元なんだろ?
・・・ですけど。

皆様、出発の時間です。シート・ベルトを締めて下さい。何か、言い残すことはありますか?あれば、遠間が責任を持ってお伝えします。
・・・・・・。
では、出発です。頑張って、生きて帰ってくるのよ~~~。

おおっ、ずいぶん振動するぞ。途中で分解しちゃうんじゃないか。
専務、根性で乗り切りましょう。
お前なあ、根性にも限界があるぞ。
名言です。
そうか?
褒めていません。・・・この際、言わせていただきますが、専務は根性が足りません。ガッツと申しましょうか。自分自身が、希薄です。
お前、難しいことを言うなあ・・・。どんな意味だよ?
・・・お人柄がよろしいかと・・・。
ああ、そうかい。

再会

ああ、中野専務、よく来てくれたね。ありがとう。
理事長、ご無沙汰してました。メガちゃんも一緒です。
メガちゃん?・・・ああ、事務員さんか。現世では、いろいろ世話になったね。
代議員選挙に立候補なさるとか・・・?
そうなんだよ。あれよあれよという間に、そういうことになっちゃってねえ。大変に当惑しているんだ。それで、中野専務に応援を頼んだんだよ。告示日までの一週間なんだが、よろしくお願いします。
お任せ下さい。全力でアテンドします。
ありがとう、メガちゃん。この後だが、まず、ホテルに案内しよう。そこで、休んでもらって、午後6時から集会があるんだ。出席して欲しい。
はい。

専務、昼食はどうしますか?
ん?今、何時だ?
11時です。
俺たち、現世を10時に出たんだよな。
そうなんですけど、着いたら10時でした。
瞬間移動か?
時差かも知れません。
そうか。なら、食事にしよう。
持ち合わせがありませんが、大丈夫ですか?
ああ、理事長からカードを預かったよ。好きに使えって。無制限だって言ってた。
凄い・・・。
使えるのは、宿泊代とか食事代とか、そうしたものだけだ。物を買っても持ち帰れないし・・・。
それでも、凄いわ。理事長、太っ腹だね。まあ、いいや。食事にしましょう。
俺、ワイン、飲んでいいかな?
集会があるんですよ。醜態を晒したら、理事長に迷惑がかかります。
グラス・ワイン、1,2杯ならいいじゃないか。
ご自分のご判断でどうぞ・・・。(あんたが、フレンチやイタ飯食って、ワインなんか飲んでるから、貧富の差が解消しないだよ。)
冷たい奴だな。そんなところが男に嫌われるんだぞ。
えっ、そうなんですか?
そうだよ。まあ、そのくらいなら、集会までの間、一眠りして下さいね、とか言えば、こう、なんかね、いい感じで物事が進むというものだ。
ずいぶんと都合の良い考え方ですこと。では、2杯までということにして下さい。同行したからには、私にも責任というものがありますからね。
ああ、そうしよう。・・・で、なんで6時からなんだ。すぐにやってくれれば、安心して飲めるのに・・・。
専務、物事には理由があります。・・・こう考えてみて下さい。仕事が終わり、若しくは少し早めに退社し、間に合う時間が午後6時です。集会は1時間ほど。・・・どう?帰宅してゴールデンタイムのテレビを見ながら晩酌できるでしょ?
そうかあ・・・勤め人のこと、考えているんだ・・・。
そうですよ。日本の給与生活者は5,6千万人。多分、全員が有権者でしょうねえ。ここ、地獄ではどうか解りませんが。
・・・なんでそんなこと知ってんの?
選挙のこと、少し調べました。
へえ~・・・。(こいつ、ヤベえな。)

集会

志を同じくする皆様、民自党第9支部後援会長です。今夜は、一週間後に迫った代議員選挙の候補者を応援する会合です。皆様方のお力で、後に紹介する栁候補を当選させていただきたい。閻魔様の肝いりで、伝説の選挙プランナー、プラちゃんが事務所に来てくれることになりました。では、プラちゃん、どうぞ!
やや軽めの紹介をいただきました。・・・プラちゃんです。ゲッティスバーグ・アドレス、皆さん、ご存じですよね。「人民の、人民による、人民のための・・・」っていう有名な演説です。無学な両親の家庭に生まれ、弁護士から政治家になり、第16 代米国大統領になった男が、南北戦争の激戦地で3分ほどの短いスピーチをした。声を張り上げたわけじゃない。カメラマンが気付かないうちに終わっていたそうだ。でも、その演説を記録した記者がいた。それで、残っているんだね。Four score and seven years ago 彼はそう語り始めた。87 years ago でも同じだが、なんでそんな言い回しをしたんだろうかね。その頃、一般的だったのか。まあ、はなはだ浅学にして、僕には解らない。でね、彼は、この短い演説を、次のように結んだ。government of the people , by the people , for the people , shall not perish from the earth. 人民の人民による人民のための統治を地上から滅ぼしてはならない、とでも訳しますか。知識をひけらかすつもりはありません。僕は、選挙を前にすると、この言葉を反芻しているんだ。・・・さて、栁候補を紹介するかな。後援会長、僕で良いのかな・・・。
どうぞ。
では、栁さん、入って。・・・案外、小さいね。はいはい、こっちに来て。まあ、なんか言いなさいな。
ありがとうございます。私は、栁 伸一です。ここでは新参者です。今般、諸般の事情から、代議員選挙に立候補することになりました。ご支援のほど、お願い申し上げます。体は小さいけど、志は誰にも負けない。この地区のために、粉骨砕身、不惜身命の思いで戦う所存です。是非、お力添えをいただきたく、お願い申し上げます。
いいね。エイブに比べれば滓だが・・・。まあ、身内で褒め合ってもしょうがねえからな。当選したって、どうせ一回生だ、民自のパペットだね。でもね、立候補したからには、勝たなければ何の意味もない。今回の選挙は厳しい。相手は、栁候補とは正反対の超エリートだよ。ルックスも悪くない。だが、政策が甘い。この選挙は、勝てる選挙だ。
(専務、この人、怪しいよ。)
(そうか?なんか、いいこと言ってるじゃないか。)
(私、確かめてくる。)
(おいおい・・・。)
ーーーーーー
プラちゃんは、一人で、事務所の裏で煙草を吸っていた。
ねえ、あんた、誰なの?
人に聞くなら、まず自分からだろ・・・。ああ、知ってるよ。中野専務のとこの事務員だ。メガって本名か?
本気で言ってんの?
・・・からかうようなこと言ってすまんね。この選挙がどういうものか、一応、話しておくよ。相手は、野党第1党の候補だ。栁候補とは、何もかも正反対だ。例えれば、東大、ハーバード大院卒のイケメンってとこかな。
勝ち目ないじゃん。
それが、違うんだな。何でか、解るか?
・・・・・・。
解るわけないよな。俺が、事務所に入ったからだよ。
答えになってない。
俺は、負け戦には参加しない。候補者も選ぶよ。
やる前から勝ち負けが解るの?
100%とは言えないが、概ね解るよ。それは、俺がプロだからだ。詳しいことは言わないが、それなりの勉強をしてきたよ。俺んちは、母子家庭でなあ。母ちゃんが、懸命に育ててくれたよ。ひょんなことから、この仕事をやるようになったが、今でも、母ちゃんのためにやってるんだ。少しでも、楽させなきゃならない。・・・俺は、家族や仲間は裏切らない、踏み台にすることもない、絶対にだ。事務所の連中にも、厳しいことも言うが、責任を取るのは俺だからだ。でも、出来ないことを、押しつけはしない。・・・まだ、何か?
・・・いいえ・・・。
そうか・・・。短い間だが、力を尽くして欲しい。楽々の戦いじゃない・・・。
どうすればいいの?
必要な時に、俺が指示する。
暇な時は?
みんながやるようなことをやればいい。DMの発送とか、支持者に電話をするとかな。やることは、いくらでもあるよ。
私、経験がない・・・。
ハハハ、見様見真似で良いんだよ。難しい仕事じゃない。全体的なことは、俺が考える。
私、子供扱いだね・・・。
不満か?
いいえ。
誰でも、誰かに、奉仕しなければならない。全力でアテンドするんだろ?
理事長に聞いたの?
ああ、隠し事は禁物だ。信頼がなければ、何事も始まらん。
ーーーーーー
すみません。勝手なことをしました。
プラちゃんと話したのかい?
はい。私、間違っていたようです。疑うようなこと言って、恥ずかしいです。

別れ

薄暗いバーの片隅。理事長、中野専務、メガちゃんの3人が居る。
中野専務、悪かったね。わざわざ現世から来てもらって。心強かったよ。僕ね、不慮の事故で死んじゃって、地獄に来ちゃってね。寂しかったよ。ここでは、良くしてもらってるけど、新参者だからね。肩身が狭いこともあるよ。メガちゃんにも、ずいぶん助けられた。
・・・たいして、お役に立てませんでした。
そんなことないよ。君が居るだけで、空気が変わる。大丈夫だと思えるようになる。みんな言ってたよ。「今日は、メガちゃん、居ないの?」って。
お前、人気あったんだ。
専務、それは、私たちが希人だからです。皆さんが、私たちに興味を持っても不思議ではありません。
明日は早いんだよね。
そうなんですよ。朝7時に出発です。・・・4時起きかなあ。起きてから、2時間は欲しいからね。いろいろ準備もあるから、3時間前かなあ。・・・理事長は、10時に出陣式ですよね。
そう。どうなるか解らないけど、やるしかないよな。当たって砕けろかな。
理事長、私、プラちゃんに会いたい。
そうか。この近くに居るらしいから、連絡してみるよ。
ありがとうございます。
そう言えば、お前、プラちゃんと一緒のことが多かったな。
変な想像、していませんよね。
・・・連絡が取れたよ。すぐ来るそうだ。
勝手言ってすみません。
ーーーーーー
プラちゃんがドアを開けると、メガちゃんは軽やかな足取りでプラちゃんに近づいて行った。中野専務は、漠然と目で追っていた。
待たせている相手が居る。手短に頼む。・・・上役を待たせておいて良いのか?
許可は得ているの。聞くわ、彼、勝てる?
情勢は五分五分、やや劣勢かな。でもな、僅差で勝つよ。
信じて良いの?
俺は、信じて全力を尽くす。
解った。行って。結果を教えてね。
候補者が知らせるだろう。
あなたから教えて。
(やれやれ、厄介な女子だ。)
ーーーーーー
プラちゃんと、なに話した?・・・秘密か?
いいえ。選挙の勝ち負けについて聞きました。候補者の前では聞きづらいと思って・・・。
彼、なんて?
勝つって言ってました。
そうか。・・・明日は早い。帰ろう。
はい。・・・帰ったら、砂払いでもしますか?
ああ・・・。

帰還

専務、着きましたよ。
ああ、頭がクラクラする。何時だ?
え~と、8時です、朝の。
お前、出勤するの?
今日は、お休みを頂戴しようかと・・・。
だよなあ、地獄から帰ってきたんだからなあ。
専務はどうするんですか?
ちょっと、野暮用があってなあ。
なに?
病院に・・・だ。
入院するんですか?
・・・俺じゃないよ。知り合いの娘が居てなあ・・・ろくでもない野郎と付き合っていて、やられた。
レイプ?
・・・暴力だよ。
どんな関係なの?
どんなって言われてもなあ・・・。俺の助けを必要としているんだ。華奢な娘でなあ、ほかに男が居ることを咎めたことがあった。お前、何してるんだってな。・・・頬をポッと染めてなあ、やることは一緒だよって言ったよ。きっかけだったなあ。
やれやれ。援助してるの?
そう。・・・俺を責めるなよ。
朝食、いただけますか?
ああ、もちろんだよ。ファミレスで良いかな?
はい。

専務、男をゲットする方法を教えてくれるって言ってましたよね。
そうだったかな。・・・朝から、よく食べるね。・・・物事は単純なんだ。料理だよ。家庭料理。
私、料理は苦手です。
それは、実践しないからだ。お前、自宅に居るのか?
はい。
料理も洗濯も、お袋さん任せか?
・・・ええ・・・。
ダメだねえ。・・・身近に先生が居るじゃないか。お袋さんに教えてもらうんだよ。ご飯の炊き方、お味噌汁の作り方、これ基本だからね。
専務、なんで知ってんの?
いや、俺、そう思うんだよ。日本には、ちゃんとした家庭がなければならない。俺たちの業界はな、そこで職を得れば、女房子供を養って、子供たちに教育を施すことができる業界だ。国には、分厚い中間層が必要なんだよ。中間層が減れば、国は痩せるんだ。
でも、不倫してる。
俺、弱い人間だからさあ。学歴も無いしな。俺、自分がダメだって解ってるよ・・・。・・・俺、若いうちから社会に出たよ。みんなが学校に行ってる時に働いてた。丁稚奉公みたいなもんだな。
丁稚奉公?
ハハハ、いいよ。言わばブラックってことかな。・・・金の有り難みは、よく知ってる。そのうち、家業を継ぐことになってな。・・・事業の進捗に努めたってわけだ。
頑張ったんですね。
そう、口で言うのは簡単だが・・・。
すみません。ろくに知りもせずに・・・。
ここで、別れて良いか?
はい。ご馳走様でした。
ああ、いいんだ。地獄まで付き合わせたしな。・・・ありがとな。

見舞い

おっちゃん、やられちゃった。
そうだな。もう、別れたらどうだ。
うん。
警察に届けるか?
・・・やめとく。
そうか。・・・これからどうする?
市役所に相談してみる。NPOが助けてくれるかも知れないし・・・。
具合はどうだ?
体中、痛いわ。・・・おっちゃん、地獄に行ってたの?
そうだよ。
一人で?
・・・事務員さんと一緒に・・・。
あたし、あの人、嫌いだな。目つきが悪いよ。
・・・・・・。
ごめんね。誰かを憎んだり妬んだりしたい気分なの。誰にも、言わないでね。
ああ、解ってるよ。・・・そろそろ、ドクターと約束した時間だ。
・・・おっちゃん、トイレに連れてって。
ん?
一人で行っちゃダメって言われてるの。転んだりしたら大変だから。
どうすれば?
トイレに行って、パンツを下げて、便座に座らせて下さい。終わったら、また、ベッドまで付き添って。
いいよ。
ドクターの話が終わったら、また寄ってくれる?
当たり前じゃないか。

先生・・・。
ああ、ご家族の方ですか?
彼女には、すぐ来てくれる家族は居ません。・・・治療費は、私が払います。
不適切な関係?・・・覚悟はありますか?
どういうことですか?
怪我は、いずれ良くなるでしょう。・・・今、心療内科の先生とコンタクトしています。
心の問題があると?
懸念されます。
・・・今は、私が彼女の保護者です。
では、受付で手続きして下さい。
よろしくお願いします。
はい。

終わったよ。
ドクターは何て?
良くなるって・・・。
本当なの?
ああ。じゃあ、俺、行くわ。・・・これ、置いていくよ。
お金、いらない。売店に行けないし・・・。
ナースさんが助けてくれるよ。それに、小銭は邪魔にならない・・・。
ありがと・・・。
また来るよ。
約束だよ、パパ・・・。
・・・・・・。
一度、言ってみたかったの。
・・・そうかい・・・。

再出発

中野専務は、愛用の国産高級車のハンドルを握り、病院の敷地を出ると、煙草に火をつけた。煙草の匂いが染み付いた、落ち着ける運転席だ。
もしもし・・・。
はい、○○センターでございます。
あれ?・・・メガちゃんか?・・・出勤したの?
はい。
これから、行ってもいいか?
はい。

メガちゃん、仕事熱心だね。
週日に休んでいると、罪悪感を持ちます。・・・専務、気持ちが沈んでいるように見えます。・・・悪いの?
・・・命には別状ないんだが、心の問題が・・・。
PTSDですか?Post Traumatic Stress Disorder 、心的外傷後ストレス障害でしょうか?
何だよ、日本語しゃべれよ。ドクターは、そんなこと言ってなかったぞ。
・・・それは、専務にPTSDの説明をするドクターの身になれば・・・。
・・・人を値踏みしたのか。失礼な奴だな。・・・まあ、俺もやだよ。訳のわからん説明をされてもなあ。で、治るのか?
私には解りません。
そうか・・・近くにな、ご利益のある神社があるんだ。お守りを買おうかな。
専務、それは・・・いいお考えです。
そうか、一つじゃ足りないよな。三つ四つ買おうかな?
ご自分の判断で、お願いします。
ついでに、国家の安寧も祈願しちゃおうかな。
(ついでにすることではありません。)
そのうち、煎餅でも送るよ。地元の名物なんだ。
ありがとうございます。・・・専務、料理で男をつかめるって本当なの。
そうだよ。
レシピは?
俺的には、豚肉のショウガ焼きだな。刻みキャベツを添えて、銀シャリに味噌汁だ。男はイチコロだよ。
そうなの?
お前らの世代は、ファスト・フード、ジャンク・フードだ。勝てるよ。・・・お前が、台所でトントンしてるだろ。奴は、その姿を見るよ。ああ、いいケツしてんなあとか、思う訳よ。
私、お尻に自信ない・・・。
いいんだよ。どうせ妄想なんだから。
・・・なんか、出来るような気がしてきた・・・。
そうそう、その気持ちが大事なんだ。お前は、理が勝ちすぎているからなあ。・・・人は誰しも、あれがあれば、これがあればと思うが、違うんだよ。大事なのは、気持ちなんだ。お前には、家があり、両親もいる、仕事があって恋人までいる。それ以上、なにが必要なんだ?・・・俺には解らないね。
私、恵まれてるの?
俺には、そう見えるかな・・・。お前の歳には、俺、地べたを這いずり回っていたよ。「負けるもんか、負けるもんか」って念じながらな。・・・説教するつもりはない。俺は、そうしてきたと言ってるだけだ。俺は、バトルフィールドに居たんだ。
・・・戦場ですか?
・・・個人的なものかな。・・・個人的な戦場だ。いらん知恵もつく。ご立派な先輩方が居たからなあ。
専務も、ご立派です・・・。
いや、皮肉のつもりだったんだが・・・。
・・・はい。
じゃあ、俺、行くわ。なんかあったら、遠慮なく言ってくれよな。
あ、ありがとうございます。

中野専務は、事務所を出た。猛暑だ。
(さあ、これから、忙しくなるぞ。・・・頑張れ、俺!)

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