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20210428.29生きた感想。

28日は働いたはずだ。もう思い出せないがどうせだるく、長く、辛い時間だっただろう。

だるく、長く、辛い時間というのは、それ自体の中で大した肉体/頭脳労働をしていなくても、もう、疲れてしまう。僕はホントに真面目になること真剣になること集中することが出来ない人間なのでわからないのだけれど、下手すれば、集中して体力や知力を振り絞る労働と、何も産まず、何も使わず、身体が漫然と動いただけの引き伸ばされた労働となら、後者の方が「疲れる」のではないかと思う。疲れと我々が呼んでいるものは、身体が使用されたことで疲弊しているその様ではなく、慢性的なうんざりした気持ちのことなのではないか?何処かですり替わってしまってはいないか。或いは意図的に、混同されていた方が好都合なのでそうなっているのか。

疲れた。帰ってきても疲れたなぁと思っていたはずだ。28日はその記憶しかない。

29日は休みだった。

ゲームしたり家事したり。こういう描写で済ます日多くね???

顔合わせなどがあり、皆皆が人生をやっていることをなんとなく知り、なんとなく自分の不甲斐なさに絶望する。何も話すことのない自分くん。本当の自己紹介も嘘の自己紹介も、同じぐらい僕にとっては意味がなく中身がない自分くんに嫌悪&憎悪。

ワインをボトル一本飲んだ。飲酒は久々であったが、あんまり酔わなかった。風邪薬が既に入ってたのはデカいかもしれん。身体だけが緩慢になり、不便な気持ち。前にサイケデリックもどきをやった時も、身体だけ酔ってたな。

何故ゲームばかりしているのか、ゲームをしながらミッドナイトゴスペルを見ていて考えていた。何度もクリアしたゲームの例えばレベル上げなど、もうワクワクのない作業のようなものではないのか?だとしたら労働と何が違うのか?
答えとかは別にない。とりあえず少なくとも、ゲームをしている間は「居ることの居た堪れなさ」に苦しまずに済む。居た堪れなさから逃れる方法の中で、今最も力を使わずに出来るのがゲームなのではないか。現実逃避と言い換えられてしまうのだろうなこれは。

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大人になったら詩人になりたいです。