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20210524~30の生きた感想。

月曜~木曜の記憶はまるでなし。労働があった。
最近疲れてるのか、帰って、飯食って、ぼーっとしてるとそのまま爆寝、という流れが多い。

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MGM買収のニュース。生きているうちに、すべての作品がNetflixかAmazonかDisney+のどれかに著作権的に属している、という時代が来るだろうか。感覚的なものでしかないけど凄いディストピアじゃない?それ。そういう帝国の躍進を目撃しつつも「まぁ違法行為をしてるわけじゃなししょうがないよね」と逃げつつあるいは悪いことだとも思わず、作品内では正義や自由や権力への反抗を無邪気に謳う、そんな歪な状況が映画界隈ではもはや出来つつあるのではないかなどと考える。欺瞞!

とは言いつつも、例えば、リメイクやリブートばかりに予算を出しゴーサインを出すハリウッド界隈に対し、Netflixは文芸志向や芸術志向の高い、商業的には安牌ではない作家に大きな予算を付け、作品を好きに撮らせてやっているのは一面において確かだし、例えば、MGMがAmazonに買収されたことで、007シリーズやオズの魔法使いといったMGMの豪華絢爛な古典作品群がPrimeVIdeoでいつでも見れるようになるとすれば、それは簡単にアクセスできるアーカイブとしてあまりに便利だし。うううううん。

よし!ハリウッドのトップの馬鹿共が馬鹿なせいだ!

どっかで、「アングスト」を見た。すげー良い。ものすごい不快、とかものすごい怖い、とか書かれていたイメージだけどそこはそんなに。でもすげー良い。殺人、に纏わる周辺の種々の面白要素、殺人鬼だとか殺人の方法だとか人が死ぬ様とか人が殺すさまとかではなく、これは殺人そのものについての映画なのだと思う。殺人が殺人のまま在る。この強烈さの前では、他全ての映画における殺人は薄っぺらいただの見世物と化してしまう。殺人の陳腐化の原因は、この作品における殺人の描写が他と比べてあまりに飛び抜けて素晴らしいから、ではない。「アングスト」が提示するのは映画的で新鮮で強烈で僕たちをわくわくさせてくれる殺人描写、ではなく、何をどう思ってどう言ってどう切り取ろうと、あらゆる殺人はただただ殺人でしかない、という極めてショッキングな、しかし極めてマテリアルな真実だ。その真実の前では、あらゆる映画のあらゆる殺人が張りぼてでしかなかったことを認めざるを得なくなる。


金曜。
上から区切ったけどこの日も記憶は別にない。しかし記録の上では、労働に出たということになっている。二時間半ぐらい働いた。
他なんか書くことある?食ったものとか?
「世界残酷物語」観た。リズ・オルトラーニの劇伴がいい。イタリア映画の劇伴っていいよね。メロディアスで雄弁。雄弁さは簡単に下品さとつながってしまうものだけど、少なくとも僕はその罠に陥っているイタリア映画の劇伴を知らない。なぜあんなにみんないいんだろう?

土曜。
調子悪く、寝てたり寝てなかったり。いかに調子が悪くとも、寝付けない。意識がワラワラとしたまま時間だけが過ぎた。無駄。夜もうまく眠れず。

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日曜

心斎橋近くの古着屋を見に行くが、時間がもうアレだったのと、人間を見かけすぎて気持ち悪くなったので、店には入らず。同居人太郎が何着か買っといてくれた。ズボンのケツが穴空きまくりで困っていたので。
演技って難しい。やっていても実感が持てない。すべてが空滑りしていく感じがして、焦って、さらに空滑りする。向いていないと思う。昔は実感とかあったのか?

一週間のうち、2?3?回、夜に一時間弱、うさぎの稽古。〆とかないのでダラダラのんびり。この調子がいつまで経っても何もできないよ~。

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大人になったら詩人になりたいです。