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姉が私の結婚式に来なかった話



私は2018年の秋、家族だけの小さな式を挙げた。


我が家は父、母、姉、私の4人家族。
そして唯一の姉妹である姉は私の結婚式に来なかった。今回はその時の話をしよう。

まずはこの話の主役である姉について説明するのが筋だろう。
姉は私の一歳年上、私とは俗に言う年子である。
同じ血を分けたたった1人の姉妹にも関わらず、姉と私は何もかもが対照的だった。
利発で思慮深く愛想が良い姉と、傲慢で短絡的かつ人見知りの激しい妹。きっと私は姉が「これはいらんな」と母の腹に捨てたものを掃除するために生まれて来たのだろう。

姉は幼少期から本が大好きだった。うちの親は子どもに与える本にはお金を惜しまなかった為、欲しいと言いさえすれば買ってくれていたように思う。私は残念ながら本にはまるで興味がなかった為親にねだることすらしなかったが姉はその制度をフル活用し、タイトルを見るだけで頭痛がするような小難しい小説を買って貰ってはその世界に没頭していた。

本を読む人は頭がいいと巷ではよく言うが、姉も例に漏れず賢く育った。ここまで書いて改めて痛感したが、同じ環境で育ったはずなのにえらい差である。兄弟児の学力格差に悩む全国の子育て世帯には安心してもらいたい。

賢い中学を受験し、賢い高校に進学し、賢い大学にストレート合格を決めた姉は卒業後、地元でも名の知れた大企業に入社した。親族中が「さすがお姉ちゃんだ」と彼女の功績を讃えた。

ところが事態は一変する。

姉は一年とちょっとで大企業を退職し、着の身着のまま東京へと上京したのだ。
今まで誰もが羨む完璧なレールの上を走ってきた真面目な姉がきったとんでもない舵に、家族達は震撼した。姉の上京に関して私は直接聞いた訳ではない。突然の大企業退職をオイオイ嘆く母から聞かされたのだ。私たち姉妹は不仲ではないがよっぽどのことがない限り連絡を取り合わない。姉の退職も上京も、その“よっぽどのこと”に入らなかったのだ。

それから1年以上経っただろうか。姉から連絡が来た。“よっぽどのこと”が起きたのだろう。あまりの物珍しさに慌ててスマホを握った。

LINEにはこう記してあった。

「△△に助監督として採用が決まった」

私は状況が掴めなかった。
△△とは世間に疎い私でも知っている、日本でもトップクラスに有名な映画の制作会社なのだ。
何故姉が△△に入社することになったのか、経緯を書いてしまうと身バレしてしまうので伏せるが、要約するととんでもないチャンスの巡り合わせの末その席を掴んだのだという。

かくして姉は地元大企業のOLから、映画やドラマの助監督に転身した。

姉から直接聞いた訳ではないが、きっと映画やドラマの製作に携わることは彼女の長年の夢だったのだろう。好きな映画やドラマのDVDは、小学生にとっては目玉が飛び出るほど高価にも関わらず貯金を使って収集していたし、原作があれば即購入して徹底的に読み込んでいたのは私が1番よく知っていた。

△△は、そんな姉が最も好きな作品を製作していた会社なのだ。


寄り道が長くなってしまったが、話を私の結婚式に戻そう。

姉はその頃東京を中心に、撮影で地方を行ったり来たりする多忙な日々を送っていた。結婚式に来れない事は分かっていたが、声をかけないのもおかしいので一応日時を伝えた。
姉から返ってきた返事は

「行けたら行く」だった。

気乗りしない飲み会を断る常套句を妹の結婚式の誘いで言い放つとはさすがである。私もハナから当てにしていなかったためすんなり了承した。

後日姉から吉報が届く。
それは「私の結婚式に来れる」というものではなかったが、間違いなく吉報だった。

「都合をつけようとしたけど、念願のドラマの担当に決まった。エムコの式の5日前から撮影の打ち合わせが始まるので行けない。ごめん。」

そのドラマとは先述した、姉が小さな頃から熱狂していたシリーズもののドラマだったのだ。姉の夢のまた夢の、そのまた夢が叶ったと言う訳だ。
私の結婚式などどうでもよい。

「おめでとう、がんばれ!」

そう言うと、姉は「向こうのご親族にもよろしく言っててくれ、来てないけど姉がいますって」と言い残し、忙しない日々に戻っていった。


2018年、秋。私の結婚式。
当然姉は来なかったが、私は寂しいとも悲しいとも思わなかった。むしろここに居ない彼女が、一番の主役だと思った。


それから数ヶ月後、姉から何通かのラインが届く。

それは姉の携わった憧れのドラマのワンシーンだった。俳優さんの演技の合間に小道具の雑誌がほんの数秒映る、なんてことのないシーンだった。これは一体何なのだと思ってよく見返したら、その小道具の雑誌には結婚して変わった私の新しい名前と共に


「どうかお幸せに」

と書いてあった。



今でもそのドラマの回は、録画を消さずに残している。たった一瞬だが作品として未来永劫残るそれは、私の忘れられない思い出であり、結婚式に参列できなかった姉が私にくれた、秘密の餞なのだった。



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